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空を飛ぶカメ・その②

久米島の古民家ダイビングショップの寺井さんから届いたおちょぼ口過ぎる甕は、その過ぎるおちょぼ口と背の高さで甕の底まで見ることが出来ないし、甕の底を触ることすらも出来ない。
本当であれば今頃、甕の中には銀色やオレンジ色の腹ひれをゆらゆら揺らすメダカ達が柔らかい日差しの中で涼やかに泳ぎ、私はそれを愛でながらエサやりでもして暮らしているはずだった。

現実はその用途に困り果て、打開策もないまま玄関先で放置です。
とにかく、でかいし重い。
その存在感に見慣れることなど1ミリもないのだ。役立たずな異物に見える日も増え、かといって寺井さんのご厚意で手厚い梱包のもとに飛んで来た甕をエイヤーッ!と捨てられる勇気はない。見て見ぬフリは日常茶飯事になりつつあった。

均衡を破ったのは金切り声をあげて回り続ける石切用の電動カッターの音だった。
夫が一か八かの勝負に出たのだ。
彼は甕が使い物にならない割れ方をしても仕方ないという覚悟で電動カッターの歯を甕の、なで肩あたりに当て始める。
必死にカッターの歯を押し続ける夫を見てながら「何で欲しいなんて言っちゃったんだろう私、バカバカバカ。欲しいなんて言わなければ良かった。
イヤイヤイヤイヤ、そんな事は絶対に言えないのだ。甕と格闘している夫にも、無論、元持ち主の寺井さんにはもっと言えない。

カッターの音が変わり、「はーっ…。」と久しぶりに呼吸をしたかのような夫の背中越しに見事な輪切りに三等分された久米島の甕がいた。

おぉー、甕の底まで丸見えですよ。
一気に使えないモノが輝きを放ち日常生活にグッと近づいた。

早速、メダカを放ちとホテイグサを浮かべる。
夫のアイディアで切り取った残りの甕のかけらもメダカの隠れ場所になるようにと甕の底に沈めることにした。
ついでに、以前久米島の海で拾ったシーグラスや貝殻も沈めてみる。この日のために拾ったのかも知れないと思うほど久米島の甕に久米島の貝殻はよく似合い、甕の中で小さな久米島が出来た。
メダカ達は深さを楽しんだり、沈めた甕のかけらに潜り込んだり、まんざらではない様子である。
すっかり小さな久米島の住人となった。

そしてそれから、私は休日にパラパラとメダカにエサやりをしている。背の高い甕はしゃがむと目線の少し下に水面が見えてメダカの様子が一目瞭然である。
ぐぐっと甕を覗き込む。
甕の底を探索しているメダカを見つけては水面にエサがあるのに気づかないマヌケなヤツだと私の顔はニヤリとなる。
メダカがハッと気づいて水面に急浮上する姿は滑稽で飽きない。
スクーバーダイビングの講習では急浮上は潜水病や耳を傷める可能性があると言う理由からしてはいけないと学ぶのだが、メダカの急浮上を目撃しようものなら決まって「急浮上はダメーっ!寺井さんに怒られるよー。」と先輩かぜを吹かすことにしている。
これが楽しい。
小さな久米島と暮らす毎日が楽しい。

那覇で見つけたお手本のような甕。
しかし我が家の甕が一番良い。