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沖縄おすすめマイナースポット

「すみません、ドラゴン見ませんでしたか?」

「見てないね。」

旅行先での悲劇がユーモアに変わった瞬間だった。

夫は、あまのじゃくな性分で旅行ひとつにしても観光客のいない場所をひたすら好む。
目的地の駐車場に、先客のレンタカーが停まっていなければいないほどワクワクが止まらないと言う。
その思考は沖縄旅行も例外ではない。
観光客ならド定番のコースに彼は真っ向から反対する。
しかし、国際通りはわりと好みだ。
それでもやはり、国際通りの細い横道をひたすら突き進み濃密な沖縄の雰囲気漂う農連プラザへまっしぐらです。

今回の沖縄旅行直前に夫はドラゴンに会いたいと言い出した。私のきれいなビーチやおしゃれなイケている雑貨屋は後回し決定の予感がプンプンである。

夫が会いたがっているドラゴンとは、ドラゴン公園という公園のドラゴンの形をした巨大な遊具だった。
Google Mapで確認すると、公園のど真ん中にドーンと緑色のイキイキとしたドラゴンが居座っていた。
大きな口を開けたドラゴンは大人でも飲み込むぞという勢いである。確かにお見事、豪快なドラゴンを公園ど真ん中に作ってしまう沖縄人のセンスは生まれ持った宝と言えよう。

沖縄旅行の中盤、ドラゴンとの対面の日は朝食もいそいそと終わらせた夫は車のナビ画面にへばり付き、ドラゴン公園の位置の確認に余念がない。
今思えば、この日のテンションはこの時点で最高潮を迎えていた。

気合いを入れてホテルを飛び出し、住宅街の奥の奥、ドラゴン公園にドラゴンはいなかった。

人は予期せぬ事が起こると思考回路がぶっ飛んでボーッとする。それは現実を受け入れるための準備運動のようなもので、ボーッとしている割には脳みそは目まぐるしく働く。
インターネットで見た、公園のど真ん中にドーン!のドラゴンは影も形も気配も何もなかった。
公園にいたのはベンチでのんびり缶チューハイを片手に太陽を遮るように薄目で遠くを見つめる真っ黒に日焼けしたおじいちゃんだった。
傍らには年季の入ったママチャリとママチャリにくくり付けられた大量のペットボトルと空きカンが入ったビニール袋が2つ、丁寧に分別されてている。

夫の「ウソだろう!」の魂の叫び声が沖縄の閑静な住宅街の早朝にこだまする。
シュールというか、観光で訪れている人間の心理状態とは思えぬ夫が不憫でならない。
私にこの場をまとめる能力などなく、ただただパニックの夫を見守るしかなかった。

次の瞬間、夫はドラゴン公園の神様、否、ベンチにいたおじいちゃんに果敢にも話しかける。

「あの!!ドラゴンって見てないですか?!」

おじいちゃんは顔色ひとつ変えず細い目そのままで言ったのだ。

「今日?? 見てないなぁ…。」

ほんの短い会話の中に、そろそろ秋の風が入っても良い10月半ばの沖縄の青空を共にさわやかなミントの空気が駆け抜けた。
さっきまでのドヨンとした重苦しい胸のあたりに新鮮な血潮が注ぎ込まれたような、パァーっと目の前が明るくなった。
今日はドラゴンは非番だったと想像するとドラゴンがいないドラゴン公園が滑稽でたまらなかった。

実はドラゴン公園は浦添市にもあり、夫が会いたかったドラゴンは浦添市のドラゴン公園にいるということが分かった。
インターネットよ情報は正確にお願いします。

翌日、懲りもせずにドラゴン公園リベンジを果たし、無事に憧れの緑色のドラゴンと戯れることが出来た。
ドラゴンは体全体が遊具で尻尾は滑り台、口からターザンロープが出ていて、ロープの先にはパッカっと割れた卵にゴールするというやつだった。
青い海も水族館にも目もくれず、さんざんぱらドラゴンと遊んだ。

旅先の時間の使い方の良し悪しは他人がとやかく口を出す事ではないし、定番の観光地を全否定するわけではない。
しかし、ドラゴン探しをしなければ、ママチャリ缶チューハイおじいちゃんの粋な一言を聞くことはできなかった。
そういった意味では旅の醍醐味である非日常を肌で感じ、有意義なドラゴン探しだったのだ。

またドラゴンに会いに行きたくなっている。