鬼姫キキ卓CoC「P.M.A.N feat.ふーらー ~踊り興す新世界~」後日談SS
こちらのSSは、2020年4月18日に鬼姫キキさんKPで開催された
クトゥルフ神話TRPGのシナリオ「P.M.A.N feat.ふーらー ~踊り興す新世界~」に登場したPC達の後日談を書いたものです。
当然ですが、シナリオのネタバレを含みます。
読む前に、セッション配信のアーカイブを見ておくことをオススメします。
アーカイブのURLはこちらになります。
https://youtu.be/HHRxWg6QxsU
よろしい方のみ、スクロールしてお進みください。
―――わたしのすべてを、あなたへ捧げるの
あいあいあいあい 踊る
あいあいあいあい 躍る
上に下に
あなたに わたしの こころ みせる
わたし 彼の 虜囚
どっきゅん!ソウルハンター
あなた魂の狩人
「…………っ」
―――プツン
荒っぽい手つきで、音楽プレイヤーの停止ボタンを押すと、
それまで響いていた楽し気な音楽がとまり、部屋は静寂に包まれる。
「う……うぇっ」
こみあげてくるものが抑えられず、私はトイレに駆け込む。
吐き出すだけ吐き出して、気持ちの悪さは落ち着くが、今度はどうしようもない悲しさがこみあげてくる。
「……どうして」
なんとかアイドル業のリハビリをしないと。
そう思って曲を流してみたが、ダメだった。
ずっとずっと歌い続けてきた、大切な思い入れのあるこの曲でさえ、まともに聴くことができない。
どうして、こんなことになってしまったのか―――
老人ホーム「ムーンライフ」で起こった事件から、すべては始まった。
ピーマンという人気楽曲に隠された儀式、それによる混乱。
そしてその儀式による、世界の破滅の危機。
結果として、儀式を止めることはできた。だけどそれは、大切な友人の死と引き換えだった。
いや、死んだのかどうかも定かではない。意識を失い、気が付いたときには、何もかも終わっていたのだから。
自分のふがいなさに、どれだけ涙したかわからない。
―――それからだ。大衆向けのダンスや楽曲を聴こうとすると、拒否反応が出るようになったのは。
身体は震え、吐き気がこみ上げ、まともな思考ができなくなる。
今は、事件で負った怪我の治療のため入院中だが、退院してもこの状態が続けば、アイドル引退は免れないだろう。
その焦りから、無理やり自分の曲を流した結果が、先ほどの惨状だった。
「うっ……ううう……」
ぽろぽろと、涙がこぼれる。
どうしたらいいか、わからない。
プロデューサーや、友人に相談することも考えた。
でも、こんな非現実的なこと、信じてもらえるとは到底思えない。
かつてお世話になった探偵たちに相談することも考えたが、
これは自分の精神的な問題だ。探偵に話すのは筋違いな気がする。
それなら、自分で何とか立ち直っていくしかない。
でも、どうすれば立ち直れるのか―――
「―――出直したほうがよかったかい? ニコちゃん」
「!?」
突然降りかかった第三者の声に、驚き顔を上げる。
そこにいたのは―――
「……挾間、さん」
「よう」
そう、彼は片手を上げながら挨拶する。
そこにいたのは、今回の事件で共に探索をした、挾間 貴之だった。
「いやあ、悪いな。泣いてる女性を慰める手段も、それをする気も起きないもんでね」
「……悪いと思うなら、せめてノックくらいしてください」
悪びれもせずそんなことを言う彼を、私は静かに睨む。
そんな私を見て、彼はやれやれという感じで手を降ろす。
「いや、ノックはしたんだけどな。返事がなかったもんで入らせてもらったよ」
「返事がなかったら、入らないのが普通だと思いますけど……それで、何の御用ですか?」
「ん? まあ様子を見に来たんだけどよ」
そう言いながら、彼はメモ帳とペンを取り出す。
そして何かをサラサラと書いたかと思うと、再びこちらに顔を向ける。
「どうよ、調子は? 復帰は近そう?」
「……。この姿を見て、そんな風に見えますか?」
「いや全然」
「なら聞かないでください……。相変わらずですよ、自分の曲もまともに聴けないし……」
「ふんふん、『想い出のデビュー曲を歌えなくなった休業アイドルの闇』……と。それでそれで?」
「…………っ」
かあっと、頭が熱くなるのを感じる。
ああ、どうしてこの人はこんなときにも相変わらずなのだろう。
普段なら苦笑いで済ます彼の言動も、今この時ばかりは我慢ならなかった。
「やめてくださいよ!! こっちは本当に辛いんですよ!!
挾間さんはいいですよね、元々歌なんて聴かないし、特に変わらず生活できて!」
思わず声を荒げてしまい、挾間さんもさすがに少し驚いたようだった。
メモを取る手を止め、目を丸くしてこちらを見ている。
「私はそういうわけにいかないんです。アイドルですから、歌を歌ったり踊ったりしていかなきゃいけない!
でもできなくて、辛くて……でも、ファンは待ってはくれないんですよ!
ただでさえ怪我で休業してるのに、さらに待たせたりしたら、みんなどんどん離れて行っちゃう……!
だから早く復帰しなきゃいけない、のに……!」
「……あー、あー、まあひとまず落ち着こうか」
言いながら、先ほど一度は止まったはずの涙がまた溢れてくるのを感じる。
こんな弱いところを見せたくはなかったのだが、どうにも止まらなかった。
少し戸惑った様子の彼の言葉でようやく少し落ち着き、私は肩で息をする。
「まあなー、辛いよなー。俺も辛いよ、うんうん」
「ほんとにそう思ってるんですか?」
「いやな、俺だってさ、知り合い一人目の前で亡くしてんだぜ?
ニコちゃんは直接見なかったからまだいいだろうけどさ」
「…………すみません」
言われて、さすがに言い過ぎたと反省する。
彼はこんなだからわかりにくいけど、彼だって全く傷ついていないわけじゃないんだ。
苦しんでるのは、私だけじゃない……はずだ。
「まあいいけどさ。そんだけ辛いんなら、なんでアイドル辞めねーの?」
「…………それは」
「なんか辞められない理由でもあんの? 事務所から借金してるとか、なんか脅されてるとか」
「挾間さんが期待するようなそういう理由はないですよ……」
はあ、とため息をつく。
先程のやり取りがあった直後だというのに、彼はすっかりいつもの調子だ。
「まあ……そうですね。
始まりは、単に歌が好きだったから……で始めたアイドル生活でしたけど。
地下アイドル時代からずっと応援してくれてる人もいて、それがすごく嬉しくて……
どんどんファンだって言ってくれる人が増えて、自分の存在を認めてくれてる気がして……
そんな大切な人たちを裏切りたくないな、って……」
「ほーん、なるほど」
ぽつりぽつりと語ったものの、彼はあまり興味がなさそうだった。
まあ、こんな小さな理由じゃネタにもならないだろうし、話しても大丈夫だろう。
「んーでもさ、それっておかしくね?」
「え? なにがですか?」
「だってさ」
一息おいてから、彼は言う。
「そんだけ大切なのに、少し待たせたくらいで『どんどん離れて行っちゃう』程度の存在だと思ってんだろ? ニコちゃんは」
「…………え」
「それって薄情だよなあ、せっかく長いこと応援してくれてんのに」
「……それ、は……」
言葉が、出ない。
彼の言うことは、正論でしかなかった。
私の復帰を信じて応援し続けてくれるファンを、私が一番信じていなかった……?
いや、信じていなかったのはファンだけじゃない。
プロデューサーも、友人も。かつて世話になった探偵のみんなも。
「どうせ信じてもらえないから」と決め込んで、何も話さなかった。
勝手に決め込んで、勝手に苦しんで。あげく同じ境遇の人にまで怒鳴り散らして。
私は何をしているのだろう―――
「まーアイドルのそんな薄情な闇も、俺的にはネタにできそうではあるけど」
「…………」
「あれ? 反対なし? じゃあ書いちゃおうかなー」
「あ、ご、ごめんなさい。やめてください」
慌てて止めると、彼はふふっと笑みをこぼす。
……何がおかしかったのかはわからないけど、いつもの下種なことを考えてる笑みとは違う笑いだった、気がする。
「んーじゃそろそろ帰るわ俺」
「そ、そうですか……すみません、ネタにも何にもならなくて」
「いやまあ、暇つぶしにはなったからいいよ」
そう言って彼は席を立つ。
少し痛む身体を引きずりながら、私は彼を見送る。
「じゃ、お大事にな」
「はい、ありがとうございます」
そうして、彼は帰っていった。
思えば、みっともないところばかり見せてしまった気がする。
変な風にネタにされないか心配だけれど……まあ、あまり気にするのはよそう。
「……さてと」
一人になった私は、スマートフォンを手に取り、病院の通話スペースに向かう。
画面に表示させた通話相手は、学生時代の先輩であり、お世話になった探偵の一人―――
「もしもし、ももさんですか? お仕事お疲れ様です。実は話したいことがあって―――」
信じてもらえないかもしれない―――そう思うのはやめよう。
信じてもらいたいなら、まず私が信じないと。
友達を、ファンのみんなを、もう少し信じて。
少しずつ、前に進んでいこう―――
小さな決意が、復帰への大きな道しるべとなるのは、もう少し先のお話。