久藤クーア卓シノビガミ「Jewel the Masquerade」後日談SS

こちらのSSは、2022年2月14日に久藤クーアさんGMで開催された、
シノビガミのシナリオ「Jewel the Masquerade」のセッション後日談を書いたものです。
当然ながら、シナリオのネタバレを含みます。
読む前に、セッション配信のアーカイブを見ることをオススメします。
アーカイブのURLはこちらになります。
https://youtu.be/qh2AgZ1F7y0

また、全体的にあまり救いのない話になっております。
苦手な方はご注意ください。

よろしい方のみ、スクロールしてお進みください。













「ふっ、はっ──!」

腕を振るうたびに、汗がきらきらと舞い散る。
こじんまりとした中庭で、私──アレクサンドラは、日課である戦闘訓練をこなす。
忍としての身分を捨てた今でも、その日課だけは欠かさず続けていた。
全ては、妹を護るために。


あの仮面舞踏会の日から、3ヶ月が過ぎた。
私たち姉妹はあの後、実家であるウィスタリア家を出て遠くへ逃げる決意をした。
脱走には桐耶も協力してくれたため、思っていたより大変なことにはならなかった。
家を離れ、街を離れ──綺麗な海の見える小さな村に、居を構えた。
初めは勝手の違う暮らしに苦労したが、今はだいぶ慣れてきた。
簡単な仕事をしながら、自由気ままな暮らしを送っている。

家のしがらみに囚われない、自由な暮らし。
妹が──カレンがずっと望んでいたこと。
カレンと共にあり、カレンの望みを叶えることが私の幸せ。
だから、今はとても充実している。

充実している──そのはずだ。

なのに、なぜだろう。
胸の中で、何かしこりのようなものが残っている気がするのは。


日課を終え、タオルで汗を拭うと、私は家のダイニングに向かった。
このくらいの時間になると、いつもカレンが朝ごはんを用意してくれているのだ。

「カレン、おはよう。今日のご飯は──?」

カレンに声をかけるも、すぐに違和感に気づく。
様子がおかしい。
いつもなら食卓にご飯が並び、カレンが座って待っていてくれているのに、
カレンは食卓のテーブルの前で立ち尽くしている。
よく見ると、新聞らしきものを見ているようだ。

「カレン?」
「…………」

もう一度声をかけるが、固まったまま返事をしない。
不安に思い、私はカレンに近づき、彼女が目を落としている新聞に目をやる。

「!」

そこには、このような見出しが飾られていた。

『かつて世間を騒がせた怪盗ジョン・ヴァッハ・富士樹、脱走!』
『次なる標的はいかに!?』

思わず顔を顰める。
ジョン・ヴァッハ・富士樹──思い出したくもない名前だ。
あの仮面舞踏会で、カレンを見定め連れ去ろうとした男。
私にとっては生涯の敵だ。

「カレン、こんなもの見ては駄目。食事にしましょう」

新聞を取り上げ、カレンの肩をゆする。
カレンはようやく私に気づいたようで、顔を上げる。

カレンの目からは、静かに涙がこぼれ落ちていた。

「……ねえ、さま」

カレンの声は震えていた。
目を見開き、困惑したような、しかし悲しさを堪えられないような表情。

「わ、わたし、わからないの。どうしてこんな気持ちになるのか。
 この人のこと、何も知らない。なにもわからない、のに」

言いながら、はらはらと涙を零す。
そんなカレンの姿を見て──どうしてか、不快感が募る。

「カレン、やめて」
「わからない、わからないの。どうしてこんなに辛くなるの?
 この人は、私にとって、なんだったの?」

思わず静止の声を上げるが、カレンは止まらない。
体を震わせ、頭を抱え、しきりに訴えてくる。

「私は……私は、この人のことが──」
「カレン!!」

私は耐えられなくなり、自身のポケットからあの石を取り出す。
そして、力任せにカレンの顔をこちらに向かせた。

「カレン、これを見なさい」
「っ……! いや、やめ──」
「苦しくなくなる、楽になるから」
「う…………ぁ…………」

始めは抵抗していたカレンだったが、やがて体から力が抜けていく。
そして最後には、ぐったりと動かなくなった。

私は、深い眠りに落ちたカレンを、寝室へと運ぶのだった。


「すー……すー……」
「…………」

先ほどまでのことが嘘のように、カレンは穏やかに寝息を立てている。
目が覚めれば、今朝の出来事など忘れているだろう。
そう思いながら、先ほど取り出した石を見つめる。

あの仮面舞踏会で意図せず手に入れた、不思議な石。
使えば、任意の記憶を消すことができる。
カレンをそそのかした、あの憎き怪盗の記憶も──

そこまで考えて、ズキリ、と胸が痛む。
なぜ?
私は最愛の妹のために、最善の努力をしているはずだ。
確かに両親に何の自由も与えられず育てられたカレンには、自由が必要だと思っていた。
だけど、それを与えるのは断じてあの男ではない。
あの男は結局、カレンの容姿しか見ていない。
あいつには妹を幸せにすることなど、できやしない。
それならば、私がやらなければ。
本当の意味でカレンを愛しているのは、私だけなのだから──

“離して! お願い、その人を連れて行かないで!!”

「…………ッ」

あのときのカレンの叫びが、私の頭を反響する。
あんなに声を荒げたカレンは、今までに見たことがなかった。
私といても、カレンはほとんど感情を見せてくれない。
私の言うことは大人しく聞いてくれるけれど、自身の意思を見せてくれることはほとんどない。

それが。
突然現れた、あの男が。
カレンの心を開き、感情をあらわにさせた。

どうして。
どうしてあの男なの。
カレンを想っているのは私の方なのに。
あの男はカレンの内面など見ていないのに。
どうして、どうして私を見てくれないの──


「……ねえさま?」

困惑したような声に、私はハッとする。
声のした方を見ると、カレンがベッドから身を起こし、おろおろしながら私を見つめていた。

「ね、ねえさま……どうしたのですか? 苦しそうです」
「…………あ」

アメジストの瞳に、私が映り込む。
今その瞳を支配しているのは、私だけ。
私が感情を、記憶を消したから。
今彼女は、私の方を見てくれている。

「……ごめんなさい、なんでもないわ。
 お腹空いてない? ご飯にしましょう」
「そ……そうですね、わかりました」

困惑しつつも、カレンは私の提案に従う。
私は、優しくカレンの手を引いてやる。


今更、何を迷う必要があるのか。
私はもう、彼女の記憶をねじ曲げるという罪を犯してしまったのだ。
ならば、もう後戻りはできない。
今私を見てくれているカレンを。妹を、最後の最後まで愛し抜く。
それが、今の私にできることだ。


「行きましょう、カレン」
「はい、ねえさま」

カレンは私に微笑みながら、ついてきてくれる。
そんな様子に感謝しながら、私たちはダイニングへと向かうのだった──。

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