黒江麗子卓DX3「Giant Braver」後日談SS
こちらのSSは、2019年4月1日に黒江麗子さんのチャンネルで開催されたダブルクロスのセッション「Giant Braver」の後日談SSです。
私自身、ダブルクロスの世界観にはあまり詳しくないので、間違っているところがあるかもしれません。
また、当然ながらシナリオのネタバレを含みますのでご注意ください。
元のセッション動画はこちらです。先にセッションを見ておくことをおススメします。
https://youtu.be/yGh1fNqALOc
加恋、お前は将来私の志を継ぐ立派な政治家になるべきだ』
「はい、お父様」
幼い頃から、何の疑問も持たなかった。
誰かの意思で動くことに、なんの反発心も沸かなかった。
『君はオーヴァードとして目覚めたんだ。UGNに所属し、共に戦ってほしい』
「はい、わかりました」
それが非日常たるものだったとしても。
そこに、自分の意思の挟まる余地などなかった。
『加恋、これをやりなさい』
『水島君、この任務を受けてほしい』
『加恋、次はこれだ』
『水島君、次の任務だ』
『加恋』
『水島君』
『加恋』
『水島君』
『加恋』
『水島君』
「はい、わかりました」
ただ、何も考えず。
ただ、すべてを受け入れて。
ただ、淡々と目の前のものをこなしていく―――。
――――――――――ちくり。
「……う、あ」
そこに、自分の意思が目覚めてしまったのは、いつからだったか。
どうしようもなく、ただただ悲しくて悲しくて。
全てを放り出して逃げ出してしまいたかった。
そして―――すべてを、終わらせたかった。
けれども、オーヴァードとは皮肉なもので。
死にたくても、簡単には死ねない。
逃げ出したくたって、それは許されない。
結局、意思があってもなくても、関係ない。
誰かの意思に従って、生き続けなければならない。
ならば、戦い続けるしかない。
誰かに私を、殺してもらえるまで。
死にたい。
死にたい。
死なせて。
殺して。
私を、楽にしてください――――――
じりりりりり、という耳障りな音で、私は目を覚ます。
「…………」
じっとりとべたつく汗が不快に感じる。
目覚ましの音が脳を貫き、気分は最悪だった。
「……昔の夢なんて、久しぶりに見ましたね」
ゆっくりと起き上がる。
夢のおかげで、ひどく怠さを感じる。
……私が戦い続ける理由なんて、今更再確認してなんになるというのか。
結局、私は周りに従い続けるしかないというのに。
軽くシャワーを浴びて、気分をスッキリさせると、今日の予定を確認すべくスケジュール帳を開く。
「今日は……、…………」
思わず、眉間にしわが寄る。
ああ、そういえばもうそんな日だったか。
指示を受けた時、ひどく嫌な気持ちになったのを覚えている。
「……まあ、どうせ拒否権なんてありませんからね」
ふう、とため息をつくと、私は支度を済ませて自室を出るのだった。
「加恋ちゃ~ん! こっちこっち~!」
UGN光国支部―――現在建て直し中につき、臨時施設―――の、大きな会議室。
普段なら机と椅子が立ち並ぶだけの質素な空間であるそこは、煌びやかな装飾と、美味しそうな料理で彩られていた。
そんな普段と違う異質な空間に私が入ると、遠くから明るい声が飛んでくる。
そちらに目を向けると、そこには私の上司―――北条あられが料理を頬張りながら手を振っていた。
「お疲れ様です、北条さん」
「お疲れ~! 加恋ちゃん、これすごく美味しいよ! 加恋ちゃんも食べなよ!」
「いえ……私は、お腹空いていませんから」
「え~! もったいないなあ。せっかくのパーティーなんだから、お腹空かせて来ればよかったのに」
「……そうですね」
適当に相槌を打ちながら、辺りを見回す。
いつもは任務でピリピリした空気が漂う光国支部も、今この時ばかりは楽しげな雰囲気で満たされていた。
支部長の狛渡 弾が、多くの部下に囲まれながら談笑しているのが見える。
また、フリーのオーヴァードの森 森太郎も参加していて、料理をつまんでいる姿が目に映る。
UGNの支部であるということを忘れれば、平穏な日常の一コマとして見えてもおかしくなかった。
そんな中―――ここにいるべき人物がいないことに気づき、また眉間にしわが寄る。
「ところで……北条さん、今日の“主役”とやらが来ていないようですけど?」
「むぐ……あー、そうだった! ご飯が美味しくてすっかり忘れてたよ」
「メンバーが揃っていないのに食事を開始するのはいかがなものかと思いますが」
「あはは、固いこと言わないでよー」
けらけらと笑いながら、北条さんは一度食事をテーブルに置き、こちらに向き直る。
「いやー、30分前に学校を出たって連絡はあったんだけどね。それからずっと姿が見えなくて。
支部に来るのも久しぶりだから、もしかしたら道に迷ってるのかもしれない。
悪いんだけど、迎えに行ってあげてくれないかい?」
「……私がですか?」
「いやほら、ボクは支部長の右腕? みたいなポジションだからさ。あんまりホイホイ離れられなくて。
あのとき関わった中で、加恋ちゃんは一番歳も近かったでしょ? たぶん彼も安心すると思うんだ」
「…………」
これは命令。いつもなら即座に了承するものの、今回は指示が指示なだけにすぐに頷けなかった。
正直、“彼”とはあまり関わりたくない。安心する、なんて心外だ。
私が押し黙っていることに気づくと、北条さんは苦笑いをしながら両手を合わせて頼み込んでくる。
「お願いっ! 今度美味しいものおごるからさ!」
「……それは、別に要りませんけど」
ふう、とため息が漏れる。
とはいえ、これ以上困らせるのはよくないだろう。命令である以上、受ける以外の選択肢はない。
私は少し間をおいてから了承の返事をし、会議室を出ていくのだった。
光国支部の施設は、光国市の外れにある。そのため、人通りはあまり多くない。
春を迎え、満開となった桜並木の中を、私は一人歩いていた。
これだけ人が少なければ、イージーエフェクト『偏差把握』を使えば見つけることはそう難しくはないが―――
なんとなく、力を使う気になれない。そこまでしなくてはならないのかとさえ思える。
まあ、これだけ綺麗な桜を眺めながら探すというのも、悪くはないかもしれない。
そう思いながら、目の前を流れる桜吹雪をゆったりと眺めていると―――
「だーっ! 馬鹿お前、それは食べ物じゃないんだって!」
そんな気分さえ台無しにするような緊張感のない声が、近くから聞こえてくる。
それはずっと捜してはいたものの、あまり聞きたくはない声だった。
「…………はぁ」
思わず、またため息が漏れる。このまま放置して帰りたい気持ちでいっぱいだった。
だがそういうわけにもいかない。私は仕方なく、声のした方向へ向かう。
すると案の定、そこには捜し求めていた“一人と一匹”の姿があった。
「あのなチビ助、桜は見て楽しむもんなんだよ。食べるもんじゃないんだ」
「えー? こんなに綺麗なのに? オレ腹減っちまったよー」
「綺麗だから食べるってどんな単純思考だよ! 桜の枝は勝手に折っちゃまずいんだぞ!」
「そうなのかー?」
「そうなの! あーもー、怒られたらどうすんだよ……」
桜並木の中、折られた桜の枝を咥えている一匹と、それを咎める一人の男。
一匹―――黒いトカゲの所業にがっくりとうなだれるその男こそ、
命令を受けて捜していた男―――影山陽介その人だった。
私はまたため息が出そうになるのを抑えながら、彼らへと近づいていく。
「……相変わらず、変なところは真面目ですね。約束には遅れてくる不良のくせに」
「うぇっ? あ」
私が声をかけると、彼もこちらに気づいたようだった。
彼は慌てて黒トカゲの咥えている桜の枝を放り捨てると、こちらに向き直る。
「なんだよあんたか。久しぶり……って言いたいけど、開口一番ずいぶんご挨拶じゃねえか」
「あら、事実を言っただけですが? 今日の“主役”であること、お忘れですか?」
「え……ってあー!! もうこんな時間かよ!?」
彼は腕時計を確認すると、素っ頓狂な声をあげる。どうやらようやく、事の重大さに気づいたらしい。
そう、今日は彼ら―――影山陽介と黒トカゲが、UGNに迎え入れられてからちょうど一か月。
UGNに協力してくれる彼らへのささやかな感謝―――という名目で、今日のパーティーが開催されていたのだった。
彼はバツが悪そうに、ポリポリと頭を掻く。
「わ、悪い。チビ助が桜並木に興味持ってさ。もっとよく見たいって言うから、
少し寄り道してたんだけど……こんなに時間が経ってるとは思わなくて」
「なんだよ、オレのせいかよー?」
「い、いや、そういうつもりじゃないんだけどさ……」
「はぁ……もういいです。あなたを迎えに行くよう命じられてますから、一緒に行きますよ」
「お、おう」
頭が痛くなりそうになるのを抑えながら、私はくるりと振り返り、歩き出す。
彼も黒トカゲを抱きかかえながら、着いてきているようだった。
私たちは光国支部に向けて、歩みを進めていく。
「……てっきり、逃げ出すつもりかと思っていました」
ぽつりと、私の口からそんな言葉が漏れる。
言うつもりはなかったのだが。あまりに緊張感のない姿を見たからか、つい口をついて出てしまった。
彼は私の後ろで、不満げに声を上げる。
「あん? なんだよ信用ねえなあ。もう一か月だぜ? 今更逃げ出すなんてナシだぜ」
「あら、目覚めたばかりのときは決心つけられずにぐずぐず言ってたのに、ずいぶん偉くなりましたね」
「なんだとぉ!? いちいちトゲがあるなあんたはよ!
てか、それが普通だろ! ずっと一般人やってたのに決心つけろってほうが無理だろ!」
彼がギャーギャーと騒ぎ出す。
ああ、うるさい。耳障りなので、勘弁してほしい。
「オーヴァードに目覚めた時点で、普通の生き方を求めるほうが無理な話ですよ。
私たちは諦めるしかないんです」
「……また“諦めろ”かよ……。そんな簡単に諦められるってあんたおかしいぜ?」
「そうですか。諦められないでわがまま言うよりはマシですよ」
「だからいちいちトゲがあるんだよなあ!」
そう彼はいきり立つ。
……少し言いすぎたかもしれないが、今更取り消すのも馬鹿馬鹿しい。
ふう、とため息をつき、私は言葉を紡ぐ。
「……まあ、そんなわがままを言っていたからこそ。今まで逃げていないのが不思議に思ったというだけです」
「いい加減『わがまま』って言うのやめねえ? 俺だって真剣に考えてたんだけど」
そう言われても、私からしたらわがままにしか思えないのだ。
……私は全てを受け入れたのに。感情をむき出しにして逆らう彼に、苛立って仕方がなかった。
「……まあ、でも、そうさなあ。
俺が化け物になることで、大切なものを守れるのなら……それでもいいと思ったんだ。
失いたくないものが、俺にはたくさんあるから。だから逃げるのはナシだなって」
「…………」
そう言いながら、彼は黒トカゲの頭をなでる。
黒トカゲは嬉しそうに鳴き、彼の顔をなで返していた。
……その顔は、全てを諦めたようにはとても思えない表情で。
“この瞬間のために化け物になったのなら、それでも構わねえ!!”
一か月前の戦いで、そんなことを叫んでいたのを思い出す。
全ての力を振り絞っての、あの戦い。あの状況で、嘘をついているようにはとても思えなかった。
そして、今も。同じことを大真面目に言っている。
誰かの意思じゃない、自分の意思で戦っているのだと、彼は言っている。
……どうして?
どうしてそんなに、強く前向きな意思を持てるの?
私は戦うことに、そんな気持ちは持てない。
戦わなければならないから、戦っているだけなのに―――
「……い、おい、あんた!」
突然、彼に勢いよく肩を掴まれる。
痛い。私は反射的に、それを振り払った。
「……なんですか? 痛いんですけど」
「あ、わ、悪い……じゃなくて! そっちは車道だぞ!」
「……え?」
言われて進行方向を見直すと、いつの間にか歩道を逸れていたことに気づく。
……驚いた。そこまで考え事に没頭していたとは、思わなかった。
「あっぶねえなあ……あんた、実は意外と抜けてる?」
「……さあ。まあ、轢かれたくらいじゃ死にませんから、問題ありませんね」
「そんな考え方はナシだと思うけどなぁ?」
「……ナシだナシだとうるさいですね」
「なんだとぉ? 心配してやってんのに……」
ぶつくさと不満げに呟いているのが聞こえる。
……やってしまった。彼に失態を晒してしまったことが、不快で仕方がない。
ああ、苛々する。
「さ、行きますよ。みんな待たせてますから」
「あ、ああ……っておい! 急に早足になるなよ!!」
気持ちを誤魔化すために、足早にその場を後にする。
慌てて追いかけてくる気配がするが、それを無視して歩き続ける。
……あれだけ、感情むき出しで、わがまま放題なのに。
なのに、戦うことに前向きに生きられている影山陽介という存在が。
腹立たしくて―――そして、羨ましい。
私が持てないものをすべて持っている彼を見ていると―――苛々する。
私は苛立つ気持ちを抑えながら、光国支部へと戻っていくのだった。
―――同時刻、光国支部会議室。
「うーっす、お疲れ様っす」
「あ、森太郎くんお疲れー。今日はありがとねー来てくれて」
「いやいや、こっちこそ誘ってくれてありがとうだよ。美味しいもの食べられるし」
「あはは、堪能してるねー」
一通り料理を食べ終えたらしい森太郎が、あられとあいさつを交わす。
軽く世間話をした後、それにしても……と森太郎が口を開く。
「陽介君を迎えに行くの、水島さんに任せてよかったのかい?
なんていうか……あんまり仲良くないじゃん、あの二人。
別に俺が迎えに行ってもよかったのに」
「あはは、まあそうなんだけどさー。君ご飯食べるのに夢中だったし」
「え、嘘、そんなにパクついてた!?」
「いやいや、冗談だけどねー」
けらけらと笑いながら、あられはデザートをぱくりと口にする。
「……ま、ボクなりにね、いろいろ考えてることもあるんだよ。仲が悪いからこそ、っていうか」
「そうなのかい?」
「うん。……一か月前に会ったばかりの森太郎くんはわからないだろうけど、
加恋ちゃんが誰かと「仲が悪い」ってこと自体、かなり珍しいことなんだよ」
「へえ……?」
森太郎は興味深そうに、話を聞く体制に入る。
あられは壁に寄りかかりながら、話を続ける。
「加恋ちゃんってさ、結構危なっかしいところがあって。
誰に何言われても、「はい」「はい」って簡単に受け入れちゃうんだ。
……任務のことを考えれば、その方がいいのかもしれないけど。
そこに加恋ちゃんの意思を感じないっていうか……誰かのためとか、自分のためとか、そういうのが一切ないんだ」
「確かに、水島さんが任務に逆らうって想像つかないなあ」
「あの状態だと、いつジャーム化してもおかしくない。
それに、もう心がだいぶやばい状態だと思うんだよね。
あの戦闘の時、加恋ちゃんが一切攻撃を避けようとしなかったの、覚えてない?」
「……言われてみれば」
あられは手元のデザートをスプーンでぐるぐるとかき回しながら、話を続ける。
「そんな加恋ちゃんがさ。「命令を渋る」なんてこと、初めてなんだよ。
多分、陽介君がよっぽど気に食わなかったんだろうけどさ。
それにしたって、加恋ちゃんが誰かを「嫌う」なんて、今まで考えられなかったことだよ。
今まで周りの人に全然興味持たなかったのに」
「はえー……」
「誰かを嫌いになる感情は、下手したら誰かを好きになる感情より強いものだよ。
ボクたちオーヴァードが理性を保つには、他人への感情の結びつきが何より重要だろ?
もしかしたらこれは、加恋ちゃんにとっていい傾向なんじゃないかって思ったんだ」
あられはそう言いながら、再びデザートを口にする。
森太郎は感心した様子で、その話に聞き入っていた。
「へー……すごいなあ。ちゃんと色々考えてるんだあ」
「あはは、当然でしょ? ボクは二人の上司だよ? ちゃんと色々考えるってぇ!」
そう言って、けらけらと笑う。
そのとき、会議室の扉が開く音がして、二人の人間と一匹のトカゲが入ってくる。
「お、噂をすれば……おかえり、加恋ちゃん! いらっしゃい、陽介君、チビ助君!」
「お待たせしました、北条さん」
「いやーすいません、遅刻しちゃって」
「うおー! ヨースケ! 美味しそうなものいっぱいだ! 食っていいか!?」
「あ、こら、チビ助! 勝手にがっつくなよ!」
「あははは、いいんだよ。君たちが主役なんだから」
彼らが入ってきたとたんに、にぎやかになる室内。
加恋だけはため息をついているが―――そこは笑顔で満ちていた。
「さ、乾杯しよ乾杯! ほらほらグラス持って!」
「乾杯って、皆さんもう食べ始めているのでは……」
「いいんだよ、主役が来たら乾杯しなくちゃ!」
「しゅ、主役かぁ……そう言われるとなんか恥ずかしいな」
ガヤガヤと、集まる一同。
非日常の象徴たる力を持つ者たちが、つかの間の日常を堪能する。
この日常の幸せを胸に、彼らはこれからも戦い続けることになるだろう。
「せーの……かんぱーーーい!!」
かちん、という音とともに。パーティーは改めて幕を開けるのだった。
終