尊敬するコンビニ店員
尊敬しているコンビニ店員がいる。
その店員さんは、黒髪で、サイドを剃り上げそれ以外の髪をうしろでひとつ結びにした、凝ったヘアスタイルをしている。黒フチの眼鏡で、身のこなしは軽やか。簡単に言えば今風の若者、という感じ。30歳手前くらいに見える。
そのコンビニは駅に隣接していてこじんまりしている。電車の乗り降りのついでに立ち寄る場所なので、足早な客が多い。私もそのひとりである。
彼は愛想がよく、さりげなくよく客を見ている。
品出しをしていても、客がレジに着く頃には必ずカウンターにいる。
「ここにピッとしてください」
絶妙なタイミングの誘導で、ご年配の方が颯爽と電子マネー決済をして出ていく。
「よかったらおしぼりをどうぞ」
スナック菓子ひとつ買っただけでも、コロナ禍以降、必ず声をかけてくれるようになった。
「アプリからお支払いいただくとよりお得です」
短くおすすめをされるが、不思議に押しつけ感はない。ただ「いい情報をもらった」という印象だけが残る。
なぜだろうと考えて思った。その店員さんは、客を「客」というくくりでなく、一対一の人間だと思って接している。来店したひとりひとりに、何かひとつ、売買以外の「いいこと」を提供したい、と思っている感じがする。
だから私は彼を尊敬する。
嫌なこともあるだろう。疲れてる日だってあるだろう。失礼な客もいるだろう。それでも彼は、晴れでも雨でも早朝でも深夜でも、変わらない。そんな風に仕事に向き合えるのはすごいことだと思う。
そんな彼の素晴らしさを伝えたいと思う。(私が勝手に解釈した)彼の思いに応えたいと思う。
でも言えない。
そもそも彼はそんな風に考えていないかもしれないし、客にいきなり称賛されても困るだろう。というのもあるが、一番の理由はこれではない。
私はそのコンビニで売っている「むき甘栗」が大好きなのである。
1回に、最低でも3袋は買うのである。しかもその日のうちに3袋食べきってしまって、翌日また買いに行くことすらあるのである。(そして3袋というのは自制した数で、できれば5、6袋まとめて買いたいのであるが人目をはばかっている。)
うすうす彼も、気づいているだろう。よく来る客のひとりに「甘栗女」がいるということに。そこに、「いきなり称賛された」という事象が加わるのは避けたい。絶対忘れられない「すごくむき甘栗が好きな客」になってしまう。
だから、私は一対一の人間として彼を見てとても尊敬している一方で、「客」としてひとくくりにされておきたい。
そんなわけで、妙な思いを抱えながら、私は今日もむき甘栗を買いに行くのでした。