日記 10/17
今日はシフト上の四連休の最終日。
しっかり寝てから昼過ぎに散歩へ。
カフェラテにホットドッグと目論んでいたが、なんと売店が休みだった。謎休み。
美術館の庭園のいつものお気に入りサイレントスポットで寛ぐ。
今年一杯でこの美術館は長期改装に入ってしまう。余計なことしなくていいのに。
あんまりなんでだかは解っていないが、昨日あたりから良い心持ちになった。
なんというか、20歳頃の、まだ社会に放り出される直前の、なんか余計な情報を持っていない時の、身の回りのことをただ純粋に楽しんでいた頃のような気持ちに。
なんか当時、好きなバイクに乗って半径10キロ程度の生活圏内で、ブックオフとかゲーム屋さんとか、CD屋に行ってはなんか適当に探して買って帰って、何にも知らないので特にあれこれ考える必要もなく、それでよかった、至極シンプルな日常だったころ。
当時は社会にもまれる前でアタマもまだややこしくなかったし、何にも知らないので思った通りのことを喋って、思った通りの行動をする、みたいな。なんか今、そういう感覚にまた近くなって、気分がいい。
昨日は公園に散歩に行っている間に、その前に注文しておいた宇都宮隆のベストソロアルバムが届いていて、計画通りそれを聴きながら洗面所の清掃をやった。
それこそ20歳ころに聴いていた楽曲群。すげーいい。もう一度言う。すげーいい。なんかこう、生活ってこんなんで良かったよな、と。
20年以上経って、色々な経験もしてようやく何もかもが1周したような気がする。回帰してきたような気持ち。
なんかもう既にまっさらで「これからどうしよっかなー」が大きい。20歳の時みたい。
20歳の時と違うのは、あれもこれももう体験して、クリアしてきたから、もうこれからはジタバタしなくていい。結局のところ自分は自分。
そして結局のところ、生活様式は変わらない。散歩に行って音楽聴いたり、そんなん。
ネットのせい、というかAmazonのせいでタワレコ行ったりHMV行ってCD探したり、あちこちにあるリアル店舗に行く楽しみは奪われた。
ネットが普及する以前の当時は、移動だけで時間がかかったので今ほど退屈な時間は少なかったような気がする。
その代わりにネットで道具とか資材とか情報もなんでも入手できるので出来ることはアホほど増えたけど。
でも、聴いている音楽とか、散歩とかやっていることは別に変わんないんだ、ということはもう解った。1周してきた。
音楽も、ネットの普及で寧ろ新旧の差が無くなった。
昔の曲でも良いものは良いと再評価され、「それウチの世代なんだけど!?」っていう大昔の曲を10代が平然と聴いていたりする。
なのでもう「この曲は何年代の曲」とか意味をなしてない。僕が聴く曲もそれが何年代の物であろうが、懐かしかろうが新しかろうがそんなことはどうでもいい。
タイムマシンに乗って、20歳の自分に、ヒゲぼーぼーの顔にヨレヨレTシャツとジーパンにサンダルの今の姿で「よぉ」と言いたい。というか、今言っている気がする。幻想で。
そして、未来のことはまぁ教えらんないけど「大して変わんないよ、やっぱり」と言いたい。
「そりゃもう、あれこれ環境は変わって例えば○○も○○も無くなるし、なんなら現金すらも、、、まぁ詳しくは話せないけど、根本的には何にも変わんないよ、やっぱり。だからまぁ、安心していいよ。」と。
そして、今から20年後の真っ白なヒゲにヨレヨレTシャツにジーパンでサンダルのきったないハゲたジジィがタイムマシンに乗って或る日僕の前に現れ、「お前、よくやってくれたよ。人間らしくやったじゃん。それじゃあな。」と言ってくれるような気がするので、なんか俄然やる気が出る。