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資産運用立国2年目の論点 第1回 実行段階に移った「実現プラン」
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岸田政権により進められてきた「資産運用立国実現プラン」は、石破政権によって引き継がれ、金融庁等による具体的な施策の実行段階に移っている。本稿では3回にわたり、これらの取り組みを振り返り、その中で金融機関のリテール顧客にとって関係が深い「顧客本位の業務運営」と「資産運用業の改革」を中心に2025年の資産運用ビジネスのあり方について考察する。
石破政権に引き継がれた「新しい資本主義」
岸田政権が掲げた「新しい資本主義」の優先課題の一つとして、「新しい資本主義実現会議」は、家計に眠る現預金を投資につなげ、企業の成長と家計の資産所得拡大の好循環を実現するため、22年11月に「資産所得倍増プラン」を決定した。これは、NISAの抜本的拡充や恒久化、個人型確定拠出年金(iDeCo)制度の改革、中立的な立場から金融経済に関するアドバイスを提供するアドバイザー制度や金融経済教育の充実など7本の柱からなる。
そして23年12月には、「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム」と「資産運用業・アセットオーナーシップ改革」を加え、「資産運用立国実現プラン」を策定した。これらの施策は、石破政権においても引き継がれていくことが表明されている。
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これらの施策の具体的な取り組みを見ると、家計向けには、24年1月から新しいNISAが開始され、金融経済教育推進機構(J-FLEC)が24年8月より本格稼働している。また、J-FLECにおける認定アドバイザーも1,000名を超えている。
金融商品の販売会社等に向けた取り組みとしては、顧客本位の業務運営の確保に向けた取り組みの一層の定着・底上げを図るため、顧客等(※1)の最善の利益を勘案しつつ、誠実かつ公正に業務を遂行することを義務付けた「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」(以下、「改正金サ法」という)が24年11月に施行された。
資産運用業の改革に関しては、24年9月「顧客本位の業務運営に関する原則」(以下、「原則」という)に、資産運用会社等が金融商品の品質管理を行うプロダクトガバナンスに関する補充原則が加えられた。原則を採択する金融事業者は25年6月を目途に取組方針等の公表が求められているところである。また、金商法改正により、投資運用関係業務受託業に係る制度の導入や投資運用業者の運用権限の委託の範囲の見直し等が25年5月までの施行に向けて準備が進められているところである。
このように、22年と23年は、「資産所得倍増プラン」とこれを含む「資産運用立国実現プラン」により方向性と施策が示され、24年は法律や原則の改訂などにより具体的な施策が固まった年といえる。そして今年25年には金融事業者が具体的な成果に向けて動きだすことが求められている。以下では、資産運用ビジネスの両輪である販売会社と投資信託等の組成会社である資産運用会社に深く関連する「顧客本位の業務運営」と「資産運用業の改革」を中心に資産運用ビジネスのあり方について考えてみたい。
「顧客の最善の利益」を読み解くヒント
金融商品の販売会社による顧客本位の業務運営のキーワードは、前述の改正金サ法に新設された「顧客等の最善の利益を踏まえた誠実公正義務」と資産運用業の改革にも関連するが「プロダクトガバナンス」の2つと考える。
ここでいう「顧客の最善の利益」とは何か。これに対して、金融庁は明確な定義を示しておらず、各金融事業者において考えるように求めている。ただ、ヒントとなり得るような記述を探すと、「金融商品取引業者等向けの総合的な監督指針」(※2) では、「『必ずしも短期的・形式的な意味での利益に限らない『顧客の最善の利益』」とあり、パブリックコメントに対する金融庁の考え方(※3)をみると、「『顧客等の最善の利益』は顧客一人ひとりによって、また、同一の顧客であっても当該顧客の置かれた状況等により異なり得るもの」とある。
このような見方に立てば、一般生活者を想定した場合、目先の利益を過度に期待させるようなセールストークで顧客に何を売ろうか・買ってもらおうか、といった商品起点での発想からの転換は余儀なくされるであろう。資産形成・資産運用ニーズに対して、顧客起点で、中長期的に顧客が安心して資産運用を続けられるような伴走型のアドバイスとその実現手段としての金融商品・サービスの提案が、最善の利益の実現に最も近いのではないかと考える。
具体的には、21年1月の原則改訂の際、原則6(注1)に加えられた、顧客のライフプラン等を踏まえた業横断的な商品の提案及び商品提供後の適切なフォローアップの実施などがイメージされよう。実際、原則の取組方針の中に、「ゴールベース・アプローチ」の考え方を取り入れる販売会社が増えてきたように思われ、25年は、こうした流れが増々強まると思われる。
また、金融機関経営の面からは、持続可能なリテールビジネスモデルの構築ができるかといった点も重要な視点である。複雑な商品を販売して、その説明負荷に対して顧客から高い販売手数料を収受する、一方営業担当者に対しては、ノルマ達成への見返りに高い評価を与えるといったビジネスモデルはこれからも持続可能と言えるだろうか。
取扱商品自体はシンプルにして説明負荷を軽くしたうえで、個々の顧客の状況を踏まえた資産運用アドバイスに対してフィーを収受するビジネスモデルへの変化は、「顧客の最善の利益」のみならず従事する営業担当者のやりがいとの両立にも資するのではないかと考える。
求められる製販の情報連携
「プロダクトガバナンス」とは、「顧客の最善の利益に適った商品提供等を確保するためのガバナンス」(※4)と定義されている。具体的には、想定顧客属性を明確にしたうえで、それに合致した顧客に、リスク・リターン・コストが合理的な金融商品・サービスを提供できているか、といった一連の品質管理である。
ここで「プロダクトガバナンス」には、金融商品の特性(リスク・複雑さ)に応じて対応するといった「プロポーショナリティ」の考え方が採用されており、必ずしも取扱金融商品全てについて想定顧客属性の特定などが求められているわけではない。
「プロダクトガバナンス」では、想定顧客属性や販売実績に関して、資産運用会社と販売会社の情報連携が求められているが、上記の「プロポーショナリティ」の考え方の下、複雑な商品や価格変動の大きい商品などが対象商品となると思われる。プロダクトガバナンスが追加された改訂原則では、販売後に当初想定通りの販売となっているか検証を行うことが求められている。
販売実績が当初の想定顧客属性から乖離した場合、なぜこの商品が、当該顧客の最善の利益を満たすことができると考えたのか、といった点が問われることになろう。販売会社の負担を勘案すれば、複雑で高リスクな商品の販売は限定的な顧客向けにならざるを得ないと思われる。
新規参入促す規制緩和
資産運用業の改革では、既存の大手金融機関グループに対しては、資産運用ビジネスの経営戦略上の位置付けのほか、運用力向上やガバナンス改善・体制強化のためのプランの策定・公表が要請され、24年11月現在、外資系も含め16のグループが公表している。
また、資産運用会社の新規参入促進の面では、今までも拠点開設サポートオフィスによるワンストップ対応による業登録など相応の成果を上げてきたが、さらに日本独自のビジネス慣行や参入障壁の是正をすべく、昨年法改正が行われたのが、投資信託の運用の指図に係る権限の全部委託やミドル・バックオフィス業務(コンプライアンス・計理事務等)の外部委託を可能とする投資運用業の参入要件の緩和である。
金融庁では、昨年7月の人事異動に合わせて、監督局総務課の下に資産運用参事官室を設け、更に「令和7年度機構・定員要求」において、資産運用課の設置要求を行うなど、本気さを感じる動きを見せている。
こうした中、今回の施策は、業登録のサポートや税の軽減をはじめとする今までの参入促進策とは違い、資産運用業への参入に際してのビジネスモデルへの影響、すなわち、従前のフル装備を必要とした資産運用業への参入要件の緩和であり、事業モデルの高付加価値化や効率化に資することが期待できるものである。現在、関連政府令等の制度整備が進められているところであるが、資産運用業の生産性向上、ひいては最終受益者たる投資家の利益につながるものとなるよう期待したい。
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※1 年金の受益者も含むため、改正金サ法では「顧客等」となっている。
※2 主要行等や中小・地域金融機関向け監督指針も同様。
※3 金融庁2024年10月30日「コメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」項番2
※4 金融庁金融審議会 2024年7月2日「市場制度ワーキング・グループ報告書―プロダクトガバナンスの確立等に向けて―」
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日本資産運用基盤グループ 主任研究員 長澤 敏夫 氏(ながさわ としお)
1984年4月太陽神戸銀行(現三井住友銀行)入行、デリバティブ業務、リスク管理業務等に従事。2011年1月金融庁入庁。2014年7月より「顧客本位の業務運営」のモニタリングに従事、2019年8月より主任統括検査官を務める。2020年12月 金融庁を任期満了につき退職。2021年3月より現職。
◆◆◆ JAMPの過去の連載・寄稿 ◆◆◆
バンカーを輝かせる業績評価(22年10月~23年3月)
再考・預かり資産ビジネス(23年8月)
転換期の有価証券運用(23年10月~24年1月)
ファンドラップ戦国時代~勝ち残る条件~(24年3月)
原点回帰~預金は信用の証~(24年8月)
掲載元:https://www.nikkinonline.com/article/239716
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