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コロナ対策と経済 バランスをどう考えるのか?――小林慶大教授に聞く

新型コロナ対策と経済の両立をどう図るのか?――私たちがずっと悩まされている問題です。小康状態にある今こそ、冷静な議論、次の危機、“第6波”への備えが必要ではないでしょうか?日経CNBC朝エクスプレスでは10月27日(水)、慶応大学教授の小林慶一郎さんをリモート出演でゲストにお迎えし、「コロナ政策 バランス考慮を」というテーマでお話しを聞きました。小林さんは、昨年5月以来、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会に、経済学者として加わっています。小康状態の今でも非公式に、医療との専門家との意見交換を頻繁に続けているということです。また、専門家会議と政策、政府をどうつなげていくのか、という難しい問題にも直面し続けています。

トレードオフ、時間軸を分けて議論を整理

小林さんは10月19日(火)付けの日本経済新聞、経済教室にも論考を寄せています。以下のnoteはその論考と番組、打ち合わせでお聞きした内容をもとに再構成しました。小林さんにお話しいただいたトレードオフ、コロナ政策のバランスを考える概念図が下記です。簡単ではないバランスについて、時間軸をきちんと意識しながら整理していこうという考え方です。

21.10.31 バランス図IMG_1592

例えば図の左側が短期の時間軸で考えた場合。この夏にも私たちが直面した非常に難しい課題が医療ひっ迫でした。一般の医療とコロナ対応医療のバランスをどう考えたらよいのか?多くの医療関係者は「一般医療に影響を与えない範囲内で、コロナ医療を拡大する」という考え方を持つ傾向にあります。しかし小林さんは「それはある意味では、ひとの命に優劣をつけることを意味している」と指摘します。コロナ患者の命よりも、一般医療の患者の命を優先させることになるからです。シビアな選択であることは間違いないのですが、ここで考えなければならないのは「命と命の比較」です。あまりにコロナ医療に割く資源が乏しくなってしまえば、一般医療で救える命よりはるかに多くの命をコロナで失ってしまうことになりかねません。

また、経済活動の制限についても同様のジレンマ、トレードオフがあります。コロナ感染が拡大し、経済活動を中心に行動制限が強化されることを、私たちはたびたび受け入れてきました。しかしその結果として経済的困窮に直面した業種、人々が広がることになってしまいました。東京大学の藤井大輔特任講師と仲田泰祐准教授の研究では、コロナ禍に関連した増加した追加的自殺者数とコロナ感染者の死者数を比較し、失われた“余命”で両者を比較したのだそうです。コロナ発生時点から8月末時点までの累積で、若者が多い自殺者の余命は約19万年、高齢者が多いコロナ完成賞の死者の失われた余命は約17万年で、ほとんど同じ大きさになることが示されたといいます。もちろんこれとて非常にシビアな選択、トレードオフです。

経済学「限界原理」の考え方によるアプローチ

経済活動、コロナ医療、一般医療の3つについて、人命という基準でそれぞれの制限の度合いを考えることは、経済学においては「トレードオフであるそれぞれの要素の関係性を示す“限界原理”の考え方を適用できる」(小林さん)――。シビアな選択であるからこそ、感情や空気に流されない、経済学的なアプローチを活かせるのではないでしょうか。

医療ひっ迫については、欧米などに比べれば感染者の絶対数が少ないにも関わらず、あっという間にひっ迫に陥ってしまったという意味で、私たち日本社会は、非常にもどかしい思いを感じました。2月の感染症法改正で、都道府県知事が医療機関に対して人材や病床の提供を要請、勧告、従わない場合には名称公表ができるようになっているのですが、さらなる法改正、権限の強化が必要かもしれません。こうした議論の際にも、「誰が悪者なのか!?」といった感情論を極力避けなければならないと思います。

もともと、日本の医療体制は公的医療の比重が少なく、その代わりに小規模の民間医療が全国に散らばっている状況でした。コロナ危機以前のことを考えれば、国民皆保険の下、好きな病院に自由に行ける「フリーアクセス」(小林さん)医療は、私たち国民にとって極めて便利で快適な仕組みだったはずです。しかしコロナ危機では、これが裏目に出てしまった面があります。フリーアクセスは、危機下では「命の危険にさらされてもどこの病院も受け入れてくれないかもしれない」というリアルな恐怖に転じてしまったのです。もどかしいのは、コロナ危機から1年半もたつのに、こうした変化に柔軟に対応することができずに第5派の危機を迎えてしまったことだと思います。

ワクチン接種率が累積死亡者数をほぼ決定

前掲のバランス図の右側、長期の時間軸では、こうした医療体制の強化とともに、ワクチン接種率の向上、そして治療薬の充実が課題となります。小林さんは「長期の時間軸で重要なのは、ワクチン接種率が長期的な累積志望者数をほぼ決定してしまうという点だ」と指摘します。この点についても先ほどの東大藤井・仲田研究や早稲田大学の久保田荘准教授の研究があるそうです。新型コロナの致死率は現状1%程度、ワクチンが行きわたれば10分の1まで下げられるといいます。これはほぼ季節性のインフルエンザの致死率0.1%と同レベルです。一方で、経済活動の制限は「感染のスピード」を抑えることはできても、致死率を下げることはできません。その理由は、「デルタ株」などの変異株の出現、広がりなどによって、ワクチン接種者が壁となってみ接種者の感染が防げる状態、つまり集団免疫の状態に達することがなかなかできないからです。したがって、長期的な累積の死亡者数はほぼ致死率のみによって決まり、その致死率を下げるのはワクチン接種というのが今の状況なのです。そしてもちろん同時に治療薬。ワクチン接種と治療薬、この両面で、国産化を進めることがいかに重要か――。こうしたことはコロナとの闘いが長期化するにつれて次第に明確になってきた点です。

小林さんに、分科会に加わってから印象的だった点を2つあげていただきました。一つは「専門家同士の議論の難しさ」だといいます。医療の専門家と経済の専門家では当然のように、重きを置くポイントが違います。また自らの実体験などから具体的に想像できる範囲も大きく異なります。しかし専門家会議が取り組んでいるように、きちんとしたコミュニケーションを積み重ねることで、ある程度は分かり合えるようになる――。建設的、現実的な議論ができるようになるのではないでしょうか。もう一つは「専門家と政策決定、政治との関わり方」という問題です。難しい政策決定、政治的選択を迫られる折に、専門家と政治家の間で、責任の取り方のなすり合いや、そもそもの責任の範囲があいまいに見える場面がありました。都合がよい時だけ「専門家の意見を尊重します」という様子だったり、専門家が前のめりになりすぎるとそれはそれで批判を浴びたり……。簡単ではない問題だとは思いますが、“誰かのせい”にして済ませるのではなく、私たち社会が真剣に向き合うべき課題だと感じています。

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