12月利上げへ地ならし充分--日銀会合&植田総裁会見レビュー
10月31日(木)、日銀金融政策決定会合とその後開かれた植田総裁の会見。自分が特に注目していたのは(というより取材関係者の関心が集中していたのは)、①「金融市場の不安定な状態」についての言及、②「時間的余裕」という表現の行方――だったと思う。現状維持の決定とともに出された展望リポートの表現が、ほとんど前回7月から変化がなかったことも併せて考えると、今回は次回12月利上げへ向けての“地ならし”を充分にしたと言えるのではないかーー。
「金融市場の不安定な状態」はかなり落ち着いてきた
「金融市場の不安定な状態では利上げをすることはない」――。8月7日、函館での金融経済懇談会で内田副総裁の発言だ。この直前、7月の会合でややサプライズとも受け止められた利上げ、その後グローバル市場の大きな変動に巻き込まれ、8月5日には日経平均株価が4451円と、過去最大の暴落に至った。函館の懇談会はこの直後のタイミング。今でも不安定な状態にあるとみるかどうかが注目されたわけだ。この日の会見では、引き続き米経済や資本市場の動向を注視するといいながら、植田総裁は「リスクの度合いは少しずつ下がってきている」と話した。
8月上旬の時点でははっきりとは分からない面があったが、この時、グローバル市場のなかでも日本市場がとりわけ大きな変動に見舞われた背景には、日銀のハト派姿勢を当て込んだ、極端な円安投機ポジションがあった。それが急速に解消されたことで円高が進行、一段と大きな株安を招いたとみられている。日銀関係者はこの投機筋のポジション動向をかなり丁寧にウォッチしている。そして現状では偏ったポジションは相当程度解消されたとみている。米国経済のソフトランディング期待が高まっていることと併せて、「リスクが少しずつ下がっている」との見方になったのだろう。利上げへのハードルは一つクリア。
「時間的余裕」という表現、今は不要に
次に「時間的余裕」。8月上旬の荒れた市場のなかで1ドル=160円を突破した円安は、一気に20円程度も円高に修正された。円安は輸入物価の上昇を通じてインフレ圧力を高めている、というのが7月の利上げの一つの根拠。現在また1ドル150円台まで円安に戻っている中で、「時間的余裕」という言葉を使うのかーー。記者会見での記者の問いに対して「良い動きが続けばこの表現は不用になるのではないかと考えて、今日も使っていない」と明確に答えた。利上げへのもう一つのハードルもクリア。
もちろん、大前提として、経済や物価の情勢が、概ね日銀の見通し通りに進んでいることが条件ではあるが、これは展望リポートの表現がほぼ変更がなかったことで、7月と大きな変化はないという見方を示している。専門家の見方は次の利上げのタイミングについて、12月と1月に分かれているように思う。さらに株式市場に近い関係者の間では、「当面利上げなどできるはずもない」という声もかなり根強い。
しかし、今回の展望リポート、会見での植田総裁の発言を考えると、次回12月にも充分に利上げの可能性があることを示唆したと思う。会見の間に、ドル円相場は1円ほど円高に振れ、31日夕方時点、1ドル=152円台前半で推移している。日銀は堅調な米経済を背景にじわじわ円安が進むことも警戒し、また7月~8月初めのように極端に円高に振れてしまうことも恐れていたはずだ。今のところ市場の動きは穏当。12月利上げの確率は会合前よりは着実に高まった。
(雑感)
このところの植田総裁の会見をみていると、特に初夏以降くらい、何だか精彩がないように見えてしまう場面が多い。例えば、会見中も用意された問答を間違えないように注意深く読むシーンが目立つように思う。
今年は金融政策の大転換期だから「相当なストレスなのだろうなぁ」と勝手に想像している。日銀内部やまして政治関係者のやり取りに決して慣れているわけではないだろうし……。激務だなぁと改めて思う。それにつけ、この仕事を2期10年、ほとんどぶれずに(政策の評価はいったん置いておくとして)やりきり、ほとんど弱った表情を見せなかった黒田前総裁には、いわゆる“鉄のメンタル”を感じる今日この頃……。