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自信を持ってお勧めできる「11+1冊」    直居的2023年ブックレビュー

2023年もたくさんの良書に出合うことができました。広い意味で今の経済と社会、歴史、未来、自分を知るうえで貴重な糧になっていると考えています。あともちろん単純な楽しみ。僕の場合、傾向としてここ数年は資本主義の問題、人類学的なアプローチに惹かれていると思います。原則として2023年発行(22年11月以降くらいから)のものを10冊選びと思ったのですが、どうにも11冊になってしまい(笑)、かつ23年の本でないものが1冊、とにかく「これは関心のある人に薦めたい!」と感じたものを優先させることにしました。タイトルの後のカッコの中は著者、出版社、初版発行年月。順番付けではなく大まかな関心のジャンルごとにくくりました。長くなってしまったので、最初にタイトル一覧。その後本文が続きます。
 

自信を持ってお勧めできる「11+1冊」!タイトル一覧


『資本主義の次に来る世界』(ジェイソン・ヒッケル著、東洋経済新報社、23.5)
『ゼロからの「資本論」』(斎藤幸平著、NHK出版新書、23.1)
『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也、田野大輔著、岩波ブックレット、23.7)
『歌われなかった海賊へ』(逢坂冬馬著、早川書房、23.10)
『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(内田舞著、文春新書(自分はKindle)、23.4)
『安倍晋三、回顧録』(安倍晋三著、橋本五郎・聞き手、尾山宏・聞き手、構成、北村滋・監修、中央公論社、23.2)
『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(森合正範著、講談社、23.10)
『春に散る』(沢木耕太郎著、朝日文庫上下、文庫版20.2、元は16.12)
『熟達論』(為末大、23年7月、新潮社)
『街とその不確かな壁』(村上春樹著、講談社、23.4)
『グッドライフ』(ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ著、辰巳出版、23.6)
『寅さんとイエス』(米田彰男、筑摩選書、2023.4改定新版。初版は2012年7月)

<資本主義経済をきちんと考え直す>2冊


株価は極めて堅調でしたが、グローバルに広がる地政学リスク、インフレ、圧倒的に熱く、各地に災害をもたらした気候変動。色々と考えさせられました。
『資本主義の次に来る世界』(ジェイソン・ヒッケル著、東洋経済新報社、23.5)
今年最も自分が衝撃を受けた本かもしれない。資本主義をめぐる歴史観を転換させられるーー。と同時に、何か感じていた資本主義、新自由主義経済、株式市場に対するモヤモヤ感の背景を知るような気持ちにもなった。「二元論とアミニズム」という視点で文明を読み解き、次なる社会を描く。深い困惑も感じているが、二元論(人間と自然、支配するものとされるものの二項対立)からアミニズム(人のみならず、ありとあらゆるものに生があり”人格”がある)への回帰という概念は、突飛なようでいて日本人にはかなりしっくり来る流れではないか。宮崎駿監督の作品なんてアミニズムそのものだし。地球は沸騰している。これからの社会、経済の行方を考える大きな示唆を得たように感じた。
 
『ゼロからの「資本論」』(斎藤幸平著、NHK出版新書、23.1)
NHK「100分de名著」のテキストに加筆修正、書き下ろしーーとある。TV放送は見たが本は極めて新鮮だった。希望は確かに感じるのではあるが、困惑も深まる。自分のやってきたことはなんだったのだろうーーと考え直させられる。マルクスの晩年研究で世界的な業績を挙げつつある著者の視点は、ラディカルなだけではなくポジティブでもある。資本主義と民主主義は一体のものではないし、コミュニズム=旧ソビエト、中国の体制を指すわけでもない。あらゆるモノを商品に仕立て、果ては水や空気や森林といったいわゆる公共財にも希少性を見出して価格を吊り上げる。その回転は歪を増すばかりで、次なる経済・社会の構想が必要だ。
 

<歴史観と科学的な態度、専門家に対するリスペクト>3冊


オルタナティブ・ファクトを巡って米大統領選が繰り広げられているような世の中だからこそ、きちんと科学する態度が大事。専門家に対するリスペクトも。専門家はそれに応える矜持を持ってほしいと思います。
『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』(小野寺拓也、田野大輔著、岩波ブックレット、23.7)
異例の売れ行きを示した岩波ブックレット。「ナチスは良いこともしたんだよ。例えばアウトバーンとか、あと女性の出産援助とか……」といった呟きが、主にネット上で目に付くようになってきたという。ドイツ近現代史研究者である著者が「それはこのようにまったく間違っている」と差し入れたところ、“炎上”状態になってしまった……。小冊子ながら、ナチスの政策を<事実><解釈><意見>を専門家の立場から丁寧に解説し、やはり極悪以外の何物でもないことを説く。ただ、こうしたまがい物の<意見>や<主張>を発信したり、それが人気を集める背景には、何か大学的なもの、教科書的なもの、権威的なものに対して憂さを晴らしたいような気分が世界的に広がっているのだろうとも指摘する。その矛先は既存メディアにももちろん向かっている。時代の危うさを感じると同時に、ブックレットという形で示した著者に大いに敬意を払う。
 
『歌われなかった海賊へ』(逢坂冬馬著、早川書房、23.10.25)
デビュー作『同志少女よ、敵を撃て』で2022年本屋大賞を受賞した著者の小説2作目。“2作目が難しい”とかよく聞くけれどまったく期待を裏切らない。ナチ体制下のドイツで「究極の悪」に抵抗した少年少女のストーリー。史実、エーデルヴァイス海賊団を元に構成した歴史小説であり青春小説でもある。『検証 ナチスは…』の田野大輔氏が史実、時代考証などの面で全面監修。これはとても大事なポイントだ。
 
『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(内田舞著、文春新書(自分はKindle)、23.4)
著者は北海道大学医学部に進学するも、日本社会に違和感を感じアメリカに飛び(本人いわく逃げ)、現在はハーバード大学准教授にして小児精神科医・脳科学者。3児の母でもある。始まりはコロナワクチンに対する非科学的な見方に対して、どのように科学者の治験を広めていったかという話。日本のワクチン接種進展にも大変な功績があったということだ。知らなかった。すみません。子育てを通じて感じるアメリカ社会の良いところ、悪いところ。女性と男性。キャンセルカルチャー。社会の分断……。ロジカルでありながら決して冷淡ではない。研修医の頃の白人の元米兵とのやりとりを描いたあたりでは、スタバにいたにも関わらず涙が止まらずに困った。内容は広範で飽きさせるところがない。
 

<政治とどう向き合うのか>1冊


政治が大荒れの中で新しい年を迎えました。今年は日本も世界も政治の年です。
『安倍晋三、回顧録』(安倍晋三著、橋本五郎・聞き手、尾山宏・聞き手、構成、北村滋・監修、中央公論社、23.2)
22年7月に凶弾に倒れた安倍元首相へのロングインタビュー。皮肉なことに、亡くなったことで、極めて近い過去のことを政治家が率直に語った内容が出版に至った。外交面など魅力的でもあるし、財務省に対するまなざしのあまりの厳しさに違和感も感じた。インタビューとはいえ、すべて事実ということでなく、検証が必要だと感じた。意外だったのだが、年末の各紙、雑誌の年末ブックレビューであまり取り上げられていなかった。23年前半の大ベストセラーなのに……。政治資金法にとどまらず、長期政権が故の歪をきちんと検証しすることで、次の時代に進めると思うが……。
 

<スポーツジャーナリズムの傑作、極めるということ>2冊+1冊


近年、スポーツジャーナリズムの傑作が増えている気がします。
『怪物に出会った日 井上尚弥と闘うということ』(森合正範著、講談社、23.10)
著者は後楽園ホールでのアルバイトをし、ボクシング、格闘技に魅せられ、後にスポーツ新聞社を経て中日新聞社に入社。井上尚弥は23年12月26日のマーロン・タパレスを10回KOで下し、ボクシング史上2人目(日本人初)の2階級での四団体統一を達成した。この強さを「描けていない」というもどかしさから敗者をめぐるインタビューを実行する。著者の誠実な取材態度に共感する。絶望したもの、一戦交えたことを一生の誇りとするもの、それぞれが語ることを通じて井上尚弥というボクサーの強さ、人間性が伝わってくる。スポーツジャーナリズムの傑作だ。正直言って、リアルボクシングにはまったく関心がないというか、痛そうでとても見ていられないたちなのだが、ボクシングを巡る小説と、ジャーナリズム、漫画は大好きだ。分かりやすく沢木耕太郎さんや「あしたのジョー」「がんばれ元気」などの影響。なので次の一冊がおまけ(今年の出版でないので)。
 
『春に散る』(沢木耕太郎著、朝日文庫上下、文庫版20.2、元は16.12)
23年8月、佐藤浩一と横浜流星で映画化。だいぶ簡略化はされているが、いい映画だった。横浜流星の狂気の演技に目を奪われた。それで小説を読んだ。沢木さんのボクシング小説はやはり素晴らしい。どちらも良いがやはり小説の方が深い。
 
『熟達論』(為末大、23年7月、新潮社)
オリンピアン、世界選手権3位のハードラー、為末大さんの渾身の一作なのだと思う。「本当にものをよく考える人なんだなぁ」と思って尊敬しているが、自身の競技体験に加え、現役引退後の各界の超一流人たちとの様々な対話を通じて得られた熟達の論法を説く、五輪書のようなものだ。「遊」、「型」、「観」「心」と熟達段階を経て、極めて限られたものだけが「空」zoneに達するという。スポーツでも仕事でも科学でも芸術でも、確かに共通するものがあることが感じられる。だから誰が読んでも興味深いと思うけれど、やはり何かスポーツに打ち込んでいる人にお勧めしたい。自分はソフトテニス東日本大会で秋田に行って、大雨の大災害でテニスどころではないという環境でじーっと読んだ。
 

<よい小説に浸る>1冊


何といってもよい小説に浸る時間は喜びです。
『街とその不確かな壁』(村上春樹著、講談社、23.4)
村上さん6年ぶり新作長編。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の世界観を受け継いでいるところはあるものの、全く別の長編となっている。その意外な展開に浸った。40年も前に発表しなかった作品を引っ張り出してきて書き直して仕上げた背景が、村上さんにしては珍しく後書きに記されている。予約して買って、悪い癖だが結構急いで読んでしまったところがある。今年はオーディブルで随分と村上作品を聞き返す(読み返す)ことになったが、ちゃんと読んでいなかったと感じたことも、あるいは新鮮な喜びを感じたことも多かった。この本も何度か読み返すことになるのだろう。
 

<結局のところ、よく生きるとはどういうことなのだろう?>2冊


おカネは大事。でもそれは手段のひとつであって、僕たちはよりよく、幸せに生きたいはずです。
『グッドライフ』(ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ著、辰巳出版、23.6)
信頼するFPの方から推薦されて読んだ。あるタイプのFPの間で結構話題になっていたように思う。そして多くの本屋で今でも「DIE WITH ZERO」の隣に置いてあったりする。よい人生におカネは確かにいるかもしれないが、結局のところよい人生を送る鍵はよい人間関係にあるーー。それは当たり前といえば当たり前に思えることなのだが、その事実を世代を超えて、調査を続けて明らかにしていく。よくある自己啓発本とは全く違う。
 
『寅さんとイエス』(米田彰男、筑摩選書、2023.4改定新版。初版は2012年7月)
寅さんにはまっているのは実はここ数年くらいの話なのだが、まだまだ奥が深そうな感じがしている。そんな折にこの本に出合った。寅さんとイエスの優しさみたいなところはまあしっくりくるとして……。現代聖書学では人間イエスの実像に迫る学問が20世紀以降、急速に進んでいるのだという。それによると、寅さんとイエスの風貌が似ていたり、あるいはそのフーテンぶりが同じだったのだという。身分の上下関係なくどこへでもふらっと入っていって、大酒をかっくらい、ユーモアをはいて人を魅了するーー。著者の米田氏は国内外で本格的な神学を修め、現在はカトリック司祭。寅さんとイエス・キリストの深い魅力を味わうことができる。
 

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