“ESG&テック投信”に市場の逆風――運用・販売・投資家に問われること
ESG、テクノロジー・グロース系投資信託の行方が関心を集めている。象徴は4月26日に設定した投信「グローバル・エクスポネンシャル・イノベーション・ファンド」だ。当初設定額が2860億円。冒頭に掲げたランキングは、QUICK資産運用研究所の石井輝尚さんに5月19日に日経CNBCに出演してもらった際に説明してもらった表。ここにある通り、当初設定額の大きさとしては過去3番目だ。破壊的イノベーションを起こす企業群に投資するファンドで、かつESG、SDGs的な要素を加えたという話題性のある投資信託だが、たまさか市場環境のうえではグローバルにテクノロジー、グロース株に逆風が吹き荒れている。5月中旬には基準価格が8500円を下回り、短期間のうちに設定から15%以上下げる場面があった。当初買った投資家には、一般的に心地よい滑り出しとは言えないだろう。
運用は日興アセットマネジメント。米国で破壊的イノベーションを起こす企業に投資する独特の運用会社として注目を集めているARK社が運用助言している。販売はみずほ証券とみずほ銀行。運用、販売それぞれのプレーヤーが特徴的だ。日興アセットはARKに2017年8月に出資し、日本及びアジアの一部地域で独占的にARKの商品を取り扱える仕組みをその時点で作った。その後のARKの評価の高まりを考えれば、これは先見の明だった。従って話題のARKのETFは、日本の主な証券、ネット証券会社では買うことができない。
主な販売の担い手はみずほ証券だ。こちらは昨年7月設定の当初設定額歴代2番目の「GESGハイクオリティ成長株ファンド(ヘッジなし)」<未来の世界(ESG)>も販売した実績がある、今最も勢いのある売り手だ。
運用を担うARK。創業者にしてCIO、CEOのキャサリン・ウッド氏は2014年のARK設立以前は大手運用会社でグローバル株式運用に従事していた。最近は「キャシーおばさんの破壊的イノベーション投資」といった趣でメディア、広告でもよく見かけるようになったので、投資に関心のある方ならご存じの方も多いだろう。QUICKの石井さんによれば、ARKは米国で8本のETFを運用しており、その運用総額は日本円にして(ざっくり109円換算で)約4.4兆円。創業から数年間で急成長したわけだ。旗艦ファンドのARKイノベーションETF(ARKK)が、全体の半分程度を占める。ARKKは、足元のハイテク・グロース株急落局面では高値から約36%もの下落に見舞われる場面があった。
一方、日本では日興アセットマネジメントの投資信託としてARK関連は13本ある。その総額は約2.5兆円。本国のETFに匹敵するくらいの規模を日本の個人投資家から集めている。残高が最も多いのは「グローバル・プロスペクティブ・ファンド」(イノベーティブ・フューチャー)で2019年6月に設定され、純資産が1兆円を上回る場面もあった巨大ファンドだ。
下記の図は主な投信の基準価格を一覧にしたものだが、概ねコロナショックで大きく下落した後、昨年に強烈な好パフォーマンスを上げたことが見て取れる。
そして4月設定のグローバル・エクスポネンシャル・イノベーション・ファンドの基準価格と純資産をみたものが下記だ。これをみると、設定直後に急落に見舞われたにもかかわらず、むしろ資金は流入している。本国のETFも含めてARKとARK関連そのものからの、極端な資金流出は今のところ起きていないとみてよいだろう。
日興アセットマネジメントが5月18日に公表した「ポートフォリオの状況とARKからのメッセージ」では、「短期的には変動の大きな運用となる可能性もありますが、投資家の皆さまには、短期的な値動きに一喜一憂することなく中長期的な投資成果にご期待いただきたいと思います」などとキャサリン・ウッド氏のメッセージを紹介している。
この中で公表している5月5日時点の組み入れ上位銘柄は以下だ。
銘柄名 国・地域、業種 組入比率
① テスラ 米国、一般消費財・サービス (9.4%)
② スクエア 米国、情報技術 (6.7%)
③ シー 台湾、コミュニケーション・サービス(4.1%)
④ テラドック・ヘルス 米国、ヘルスケア (3.6%)
⑤ 10X・ゲノミクス 米国、ヘルスケア (3.0%)
ちなみに本家のARKは組み入れ上位銘柄を日々公表している。そのために、これをみながら“コバンザメ”的に個別銘柄を売買している投資家はグローバルに多いようだ。SBI証券の榮聡さんは、「このようなグロース銘柄を高値でつかんでしまって、動きがとりにくくなってしまった投資家は少なくない」とみている。また特に足元のようなハイテク・グロース株に逆風の相場付きの中で、ARK上位銘柄に狙いを定めた売りも少なくなかったのではないか。
これらESG&テック投信の状況をどうみるべきか?僕自身は大きく3つの論点があると考えている。
① ESG、SDGsの雰囲気を冠するだけで投信が売れるのではないか?
ESG、SDGsの名前を冠した商品が売れ筋なっている傾向は、昨年あたりから顕著だ。商品の作り手も、そして売り手も顧客に提案しやすいのだろう。しかし、従来のグロース、テクノロジーファンドに新たにESGの名前を冠しただけで、その中身はあまり変わっていないように見えるものも少なくない。個人的にもESG、SDGsがテーマ投信のような扱いで流行りもののように売られている状況には強い違和感を感じる。そもそも本格的な長期投資を標ぼうするのであれば、ESG的な要素を大前提に考え、投資先を絞り込んでいくのが当然だ。
② グロース・テクノロジー株に資金が偏っている
実態としてグロース・テクノロジー投信とESG投信に重なる部分が多いこともあって、投資家の資金は昨年から、極端にグロース系に偏ることになってしまった。その状況の中で、さらに近い分野の投信の新規設定が続いている。上記でみたように、日本の個人投資家の存在感も相当なものだ。相場について断定的なことは言えないが、高値でつかんでしまって身動きが取れない状態が長く続いてしまう懸念はある。格付投資情報センター(R&I)ファンド情報の栗秋慎児編集長は「商品を提供する側が丁寧にフォローし、顧客が我慢して持ち続けることができるかどうか、大事な局面に差し掛かっている」という。
③ 当初設定で巨額資金を集めるのは健全なのか?
運用実績、トラックレコードのない金融商品をいきなり巨額の規模で売る、買うのは常識的とは思えない。僕自身はどんなに魅力的に見える投信が登場しても、少なくても3年は運用実績をみてからでなければ手を出す気になれない。実際にどのような運用をして、どのような値動きになるのか、分からないからだ。そもそも長期運用を標ぼうするのであれば、焦って売る、買う必要はないはず。QUICKの石井輝尚さんは「このような値動きの激しい商品こそ積み立てで時間分散しつつ、長期投資すべき」と指摘する。ただ、専門家の間でも、現在のESG&テック投信ブームは、かつての回転売買とは違うという見方は多い。R&Iの栗秋慎児さんは「“含み益営業”とも言われ、現在持っている投信の成功体験、含み益を支えに次の投信を販売している」とみている。
投資信託、金融商品も商品である以上、作り手(運用会社)、売り手(販売会社)、そして買い手(投資家、消費者)が共通の情報、価値観を共有してこそ市場の健全な発展があるはずだ。日本の投資信託市場が真っ当な成長に向かってほしいと強く思う。
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