企業価値向上表彰で考える “世の中はちょっとずつよくなっている”
<第8回企業価値向上表彰――大賞はコマツ>
1月28日、東京証券取引所が第8回企業価値向上表彰の大賞企業、優秀賞企業を発表しました。2012年にスタートしたこの賞。選定委員会の座長を務めている一橋大学大学院の伊藤邦雄・特任教授らによる会見の様子を交えてnoteします。まずは受賞企業の顔ぶれです。
第8回企業価値向上表彰
◇大賞
コマツ(6301)
◇優秀賞
資生堂(4911)
ANAHD(9202)
ニトリHD(9843)
<“資本コスト”経営で企業価値を高める>
企業価値向上表彰は「資本コストはじめとする投資者の視点を強く意識した経営を実践し、高い企業価値の向上を実現している会社を表彰」する制度です。だいぶ抽象的な感じがしますが、キーワードは「資本コスト」。資本コストとは、ざっくり言えば企業のエクイティと借金を合わせた総合的な資金調達コスト。これを企業が明確に意識し、それを継続的に上回る収益、生産性をあげることで企業の価値が向上するという考え方です。「投資家との建設的な対話がされているか?」といった観点も重視します。企業価値向上表彰選定委員会の座長、伊藤邦雄・特任教授と言えば、最近の日本ではROE経営、ガバナンスの重視を説いた伊藤レポート(2014年公表)が有名です。企業価値向上表彰は2012年、伊藤レポートより2年早く始まっています。
受賞企業は何が評価されたのでしょうか?共通しているのは資本コストを上回る生産性を継続してあげているということ。高いレベルで企業価値を創造していること。例えば大賞コマツの場合、資本コストを上回るROE目標を設定し、そのために経営管理の仕組みを活用してきました。経営トップ自らが投資家との対話に積極的に関わったことも評価されたといいます。また、ESGを重視した経営を実践。選定過程での伊藤教授らとのインタビューでは経営者自ら「ESGは経営のど真ん中に置きたい」と強調したそうです。
<“長期的には”良好な株価パフォーマンス>
さてさて、コマツをはじめとする企業価値向上で実績を上げている企業は、株価も堅調なのでしょうか?冒頭のグラフが東京証券取引所のHPから見ることができる表彰候補50社の合成株価チャートです。短期的にはともかく、長期ではしっかりパフォーマンスを出していることが見て取れます。しかしあくまで“長期的には”です。たまたまではありますが、大賞のコマツ、優秀賞のうちの資生堂やANAは現在、中国経済の減速や新型肺炎の影響を強く受けています。
僕はかねて、アベノミクス改革では、最もワークしたのがコーポレートガバナンスコード、スチュワードシップコードを軸とする企業の稼ぐ力の向上、その循環ではないかと考えています。(といいますか、他に何かあるかな?)。2018年のコーポレートガバナンスコード改革では「資本コストを意識するよう」明記しています。資本コスト意識は、かなり日本企業の間で広がってきたようです。事業の選択と集中といった動きも、今まで以上に加速していくのではないでしょうか?最近の日本企業によるM&A、事業売却などの動きを見ていると、心強いものを感じます。
<プレイバック“80年代ジャパン”>
ただ、一方で「随分と遅くないか?」とも思うのです。会見で、そのあたりの感想を伊藤さんに聞いてみました。伊藤さんは80年代後半のアメリカでの研究員生活の経験の中で、アメリカ企業によるROE経営を目の当たりにしたといいます。1990年代にはROEの日米比較に関する実証研究なども進めます。
その80年代後半から90年代にかけては、日本企業の世界におけるプレゼンスがピークに達していた時期でもあります。日本企業によるアメリカ企業の大型買収が相次ぎます。1989年ソニーによるコロムビア・ピクチャーズ買収。追いかけるように松下電器産業(現在のパナソニック)が1990年、ユニバーサル・スタジオを買収します。一方、三菱地所が1989年NYのロックフェラーセンターを買収した際には「アメリカの魂が買収された」と米国社会に衝撃が走りました。
その頃、伊藤さんが衝撃を受けた米国メディアの日本企業、日本経済に対する論調はこんなものだったそうです。「日本企業は怖い。ジャパンマネーは恐ろしい。資本コスト意識がないから、おカネさえあれば何でも買ってしまう。その結果、大切な企業の価値が失われてしまう」ーー。これが昭和から平成への変わり目、平成の始まりのころの話です。
<“ちょっとずつしかよくならない” “ちょっとずつよくなる”>
みなさんはどうお感じになるでしょうか?僕は物ごとの進みの遅さにもどかしさを感じる一方で、この間、少しずつ誠実な努力を続けてきた人たちがいたことに畏敬の念を抱きます。“世の中はちょっとずつしかよくならない”。しかし、“世の中はちょっとずつはよくなっている”のだと思います。
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