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東証、初の終日売買停止(雑感)――社会に必要なレジリエンス

2020年は「こんなこと初めて!」という事態がよく起きます。僕が新聞社に入ったのは1988年(昭和63年)4月。概ね証券、市場、企業まわりの取材をしながら平成時代を経て、令和に至っているわけですが、今年は「こんなこと初めて!」がよく起きます。もちろんコロナ禍だとか自粛社会も初めてだし、市場の話題では原油先物価格のマイナスというのも衝撃でした。それにしても1日(木)の東京証券取引所のシステム障害で、終日売買停止という事態は初めてでした。自分では段々と大概のことでは驚かなくなっている気がしていましたが、昨日は驚きました。1日の取引所は営業したけれど終日売買停止、株価は取引が成立していないために気配です。前日比較ができず「-」が並ぶ相場欄には、ある種純粋に切なさを感じました。

どういったトラブルだったかはすでにかなり報道されていますので、もう今(2日夕方時点)となっては端折ります。ただ、1日の記者会見時点の印象は、「トラブルが起きた個所は特定できているが、どうして終日売買停止という大きな障害になってしまったかは分からないところが多い」ということだと思います。2日(金)の取引が円滑に行われたこと自体は喜ばしいことですが、課題はある意味では明白です。システムは堅牢であるに越したことはないですが、事故はそれでも起きる。起きるということを前提にシステムをどこまでも堅牢にすることもさることながら、どこかでシステムのトラブルがあっても社会全体が大混乱に陥らないような全体としての仕組みが必要な気がします。

堅牢(Hardning)さというよりレジリエンス(resilience)。「回復力」、「復元力」、「耐久力」、もしくは「しなやかさ」みたいな感覚を含んだ意味での強さ――。東京証券取引所に取引が偏り過ぎているがゆえに、大阪取引所の先物取引などをのぞいて証券取引は極めて限定的になってしまいました。PTS(私設取引所)がまだまだ流動性に欠け未成熟であることも明らかだったと思います。取引所のシステムトラブルはあくまで一例であって、今回の事故から導き出すべき示唆についてはいろいろと考えていきたいと思います。

直居のおまけ① 記者会見

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1日(金)16時半からの会見に出席しました。大きなホールで通常であれば優に200人は入ると思われる会場。コロナに配慮して間隔を空けて席を配置していましたが、「当初は70席用意した」という椅子もかなり足りないようだったし、カメラマンも多数いたのでざっくりした印象でも100人は超えてました。もちろんみんなマスク着用。しかし、こういう会見は久しぶりでした。あまりのんきなことを言える情勢ではありませんが、会見前には旧知の記者やらと読み筋情報を交換したり、他愛もなく「おお、久しぶり!」みたいに(ちょっと離れて)声を掛けたり……。ほどほどに長年、この仕事をしているわけですが、多分記者会見は好きなんでしょうね。どのくらいの人が、どんな顔ぶれが、どのような雰囲気で集まっているのか。どのような雑談をしているのか――。そういったあれこれの細かい情報をいかに自分が頼りにしていたか、今、思い知らされています。オンライン会見は効率はいいのですが、何だか物足りないですね。まあつまりは“昭和世代”ということです。

直居のおまけ② 当事者意識

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1時間半あまりもの長い会見。何しろ大きなインパクトを与えた“事件”ですから、甘い会見ではないわけです。責任や原因の所在をどう追及するか――。自分自身も会見場にいる間はまあそういう気持ちでいたわけですが、何となくその後、色々な人と雑談をしていると「昨日の会見は意外と印象良かったよね」という声を少なからず聞きました。起きた事の重大性を考えると軽々には言えない話なのですが、事実としてそういう印象を持った人が少なからずいた。で、改めて考えてみると、技術的に難しいポイントを多分に含む話を、何とか(普段そういう知識のない記者たちに)分かってもらうために、一生懸命話していたと思うのです。システムを担った企業は富士通ですが、だからといって「取引所では分かりません」という姿勢は感じなかった。証券市場と今回の“事件”の当事者であるという意識があったのだと思います。そういう当事者意識を、会見を聞いた人も感じたのではないでしょうか。だからといって事件は事件に違いないのではあるけれど、そう考えてみると、「当時者意識を感じさせない」「敢えて感じさせないように話しているのではないか」くらいに思える不愉快な会見がいかに多いことか――。ここでは具体名を挙げませんけれど……。

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