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2024年“なおい的”ブックレビュー 自信を持ってお勧めできる10+1冊

2024年の“なおい的”ブックレビューをお届けします。乱読のなかから2024年に読んで面白かった本10冊+1冊。「23年11月以降の出版である」ことと「自信を持ってお勧めできる」 、そして何よりも「自分が興味深く読んだ、面白かった」ーーという観点で選びました。何となく今回は4つのカテゴリー(金融と経済のリアル、生き方、小説、笑いとカルチャー)という感じになっています。(著者、出版社の後の日付は初版、第一刷発行日)

<金融と経済のリアル>4冊


強盗、金庫のおカネ横領、インサイダー取引……。日本のトップ金融機関で考えられないような不祥事が相次いでいます。何だろう?何が起きているのだろう? でもひどい言い方ですが、金融界ってもともとそういうところがあります。2024年はこの分野でとても興味深い本が多く、印象的でした。
 
『リーマンの牢獄』(齋藤栄功著、講談社、24年5月16日)
著者の齋藤氏は自分が証券記者として社会人になる2年前、1986年に山一証券に入社。外資系証券などを経て、ある意味ではリーマン・ショックのトリガーともいえる371億円の詐欺事件を日本で起こし、獄中14年を経て本書を出版。バブル期の日本の証券界がいかにひどい状況だったか、その渦中とその後、著者がどんどんまともな人間の感覚を狂わせていく様に驚愕します。自分はほぼ同じ時期を証券関係の記者として仕事をしてきたわけですが、正直「一体何を見てきたのだろう?」と、自分自身に残念な気持ちも抱きました。聞き手役となった日経OB阿部重夫さんの力量はさすがです。まだまだ貴重な経験をしてきた人はたくさんいるはず。残すべきものを残さないといけないですね。
 
『ゴールドマンに洗脳された私』(ジェイミー・フォーレ・ヒギンズ著、光文社、24年4月30日)
著者は2016年までの18年間、米ゴールドマン・サックスで働き、最後はマネージングダイレクターとしてかなりの出世と報酬を得ていた女性。単なるハードワークではなくセクハラ、パワハラ、人間関係の泥沼のなかで自身の人間性や家族との絆まで壊れていくーー。それでも辞められないのは世界ナンバーワン投資銀行の強烈なカルチャー、ある種の洗脳、そして超高額報酬。2016年ってついこの間の話ですよね。「今はもうそんなことありませんから」とは言えないのでは……。読み進む手が止まらず、ある種の暴露本なのに、読後感もさほど悪くないのは、著者の率直な人柄のたまものと思います。
 
『1兆円を盗んだ男』(マイケル・ルイス著、日本経済新聞出版、24年6月25日)
仮想通貨帝国FTXを創業し急成長させたサム・バンクマン・フリード。ビジネスで稼ぎまくり、その富を社会的企業や社会問題の解決に振り向けるという思想は、効率的利他主義として知られ、間違いなく若者たちの神だったと思います。サム自身は暗号資産ビジネスというかある種の数学の天才、ギフテッドなのですが、なんとも杜撰な経営の実態。史上最大級の詐欺事件としてあっけない結末を迎えます。それにしても“金のなる木”に群がる米国資本主義プレイヤーの浅ましさ、いい加減さに何とも呆れます。
 
『家を失う人々』(マシュー・デスモンド著、海と月社、23年11月30日)
社会学者であるデスモンド氏が、米国ミルウォーキーの最貧困地区で生活して書き上げた記録。時期はほぼ2008年5月から2009年12月。最低以下の賃金、貧困、犯罪、ドラッグ……。家賃滞納で強制退去など当たり前のできごと。住む家がきちんとあるということが、いかに人の尊厳や真っ当な精神の維持に大切か、リアルに伝わってきます。そしてその貧困をビジネスにして搾取する人々の存在も印象的。極めてジャーナリスティックな作品だと感じますが、社会学者がフィールドワークさながらに貧困地域で暮らしながらヒアリングを重ねる様子が胸を打ちます。貧困のなかでも深い人間性を失わない人々の存在が救いです。
 

<生き方を考える>2冊


生き方本、自己啓発書的なものは個人的に最近むしろ避けているのですが、この2冊はお勧めです。
『新・臆病者のための株入門』(橘玲著、文春新書、24年10月20日)
2024年は新NISAがある種の流行語になり、金融経済教育推進機構(J-FLEC)もスタートしました。金融教育は言わば国策上の要諦なのですが、まだ何とも頼りない状況です。投資などに縁のなかった人からいろいろとモノを尋ねられる場面も増えているのですが、正直言ってどこから話してよいのか戸惑いますし、「まずはこれ1冊を」という本を選ぶのも結構難しいのです。そうした中ではこの本は大推薦。2006年に出版された本の新版なのですが、最先端のファイナンス理論を紹介、かみ砕きつつ「要はまっとうに働きつつオルカン(全世界株式)インデックス投信」と“一択の答え”までもっていきます。でもこのくらい理屈で腹落ちしないとやっぱりダメだと思うのです。あと、まっとうに(共働きで)働くことがとても大事というところも共感します。
 
『仕事の辞め方』(鈴木おさむ著、幻冬舎、24年1月25日)
自分は一応マーケット報道という(ある種の)放送の現場が長いのですが、放送業界そのもののことは特に何も知りません。なので、鈴木おさむさんがスマップ関連やバラエティ番組などで驚異的な仕事を続けてきた人であるということをよく知らず、ただタイトルが気になって手に取って読んだわけです。自分もこの3月で還暦を迎えることもあり……。「そうかぁ、そんなにすごい人なのかぁ」といまさらながら思いながら、その鈴木さんが32年間続けてきた放送作家を辞めると決めた経緯、気持ちの整理の付け方、周囲への伝え方――。本当に参考になりました。
 

<それでも人に読んでほしい小説>2冊


小説を人に勧めるのはなかなか難しいものだと考えているのですが、敢えて2冊。厳選しました!
『DJヒロヒト』(高橋源一郎著、新潮社、24年2月29日)
645ページの巨大作品。高橋源一郎さんは、かつての作家たちの戦争との関わりに格別な思いをもって読み解いてきたと思います。あるいはNHKのラジオ番組「飛ぶ教室」で折々伝えてきました。この著書はある意味その集大成のような作品と思います。昭和天皇と南方熊楠の秘密の面会シーン(多分史実)から始まり、戦前戦中の様々な文化人との絆が描かれます。ポップで難解で深くて、でもどこか明るいです。
 
『YUKARI』(鈴木涼美著、徳間書店、24年1月31日)
大河ドラマ「光る君へ」はやっぱり馴染みが薄いのかなぁ、まあまあ低視聴率だったようです。僕もそれほどのめり込めなかった……。でも源氏物語の雰囲気と手紙文化の一端は味わえたように思います。『YUKARI』は手紙(=章)ごとに枕に源氏物語の一節を引き、歌舞伎町で働く女性から何人かの男性にあてた手紙だけで構成するという源氏物語オマージュ作品です。源氏物語を知らなくてもその雰囲気は楽しめますし、「ああ、やっぱり女っていう生き物は心の底からうそをつく人たちなんだよなぁ」とため息が出ますね……。鈴木さんの文章を概ね読んできましたが、これまでで一番面白いと感じました。
 

<笑いとカルチャーを考える>2冊+1冊


このところのマイブームは落語の寄席なんですが、昨年末のM-1はドはまりしました。寄席やお笑いから江戸文化、庶民文化に興味が広がっていて、現在仕込み中です。

『漫才過剰考察』(高比良くるま著、辰巳出版、24年11月10日)
このところ自分の興味が落語の寄席の方に向かっていて、たまたま(直前の朝日新聞の高比良さんのインタビューが興味をそそったということもあるが)見た2024年のM−1。“にわか”の自分が言うのもなんですが2019年ミルクボーイ、かまいたちを超える「神回」。史上最高の盛り上がりでした。2023年の令和ロマンの劇的な優勝までの道のりをベースに、漫才、笑いに過剰なまでな考察をしているわけですが、それを踏まえて24年のMー1をみると、なぜあそこまでの盛り上がりだったのかがよく分かります。そしてこの人たちと日本のお笑いの可能性はとんでもないものがあるとも感じます。本の中で匂わせているけれど、本気で世界目指してほしいです。
 
『落語の人、春風亭一之輔』(中村計著、集英社新書)
自分もインタビューするのを生業としてきたのでわかるつもりではあるのですが、今いちばん脂の乗っている落語家、一之輔のインタビューは難しいだろうなと思います。なかなか分かりやすく、こちらが期待することを答えてくれるわけではなさそう……。その辺りの苦労を隠さずに、周辺の人々にもいろいろと追加取材して書き上げた様子を、そのまま記しているところに好感が持てます。中村さん自身が落語大好きで詳しい。詳しいだけに一之輔とかみ合わなかったりするーー。この感じもいい味わいです。自分自身は数年前に一之輔を生で、池袋演芸場の寄席で聞いたことで落語の“火”が付きました。その後、一之輔を寄席で聞いて、期待を裏切られたことはただの一度もありません。落語全般に関する基礎知識も得られるので、一之輔ファンのみならずちょっと落語に興味が出てきたーーみたいな人にもお勧めです。
 
『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』(田中優子著、文春新書、24年10月20日)
ということで落語、寄席のマイブームから江戸の伝統芸能、庶民文化へと関心が広がり始めていたまさにその時、2025年は大河ドラマ『べらぼう』蔦屋重三郎伝が始まるのです。自分は期待で胸いっぱいなのですが、どうも周囲に話しても反応が薄い。無理もないというか、やはり蔦屋ってそれほど一般的に有名ではないし、大河ドラマなのに戦国も幕末も関係ないし、そもそも戦争がないーー。でもとても面白い時代だと思いますよーー。田中さんのこの新書は、江戸庶民文化の広がりと背景、蔦屋重三郎が果たした編集者、プロデューサーとしての役割などをコンパクトにして不可欠な知識をきちんと授けてくれます。

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