⑤泣く子も黙る敏腕プロデューサー ライアン・マーフィー
僕がガラケーからiPhoneに切り替えたのは大学1年生の夏ごろだったか。2010年。スティーヴ・ジョブスが生きていた時代のApple社は2007年、アメリカでiPhoneをリリースする。わずか数年でほとんどの人が1台ないし2台(会社から携帯電話を貸与される時代・・・)持つマルチデバイスとして世界を席巻するなんて、誰が予想していたことでしょう。
iPhoneは元々、音楽プレイヤーのiPodから派生したものでした。「1,000曲をポケットに」──2001年にAppleが出したプレスリリースにはこうある。僕は今、音楽はApple Musicのサブスクで聴いているんだけど、昔iPod Classicを使っていたころは、音源をCDからインポートするかiTunesから一曲一曲買ってたなぁ。音楽って高かった。洋楽のCDは1枚2,000円以上した。そうそう、TSUTAYAでレンタルもしてたっけ。お金を出したあとに「取り込む」作業があった。そういえばMyspaceなんてのもあったな・・・でも今は何十曲も、何百曲も聞いても月額1,000円以下。YouTubeやSpotifyで無料で音楽を聴いている人もいる。
僕の世代にとっては、青春はまさにYouTubeとiPhoneの台頭と共にあった。そしてiPhoneが世界の若者の日常に君臨していったように、2000年代の終わり頃からライアン・マーフィーという人がアメリカのテレビ業界、しいては世界中の若者が眺めるスクリーン上に君臨することになる。
「glee/グリー」
1965年11月30日生まれ。米・インディアナポリス出身。いまアメリカでもっとも勢いのあるギョーカイ人です。
彼が世にその名を轟かすきっかけになったのが、2009年からFOXで放送されたテレビシリーズ「glee/グリー」。アメリカのとある高校を舞台に、歌と共に青春を謳歌する少年・少女を描いたミュージカル群像劇です。
全米では放送直後から爆発的な人気が起こり、そのブームは日本へ上陸。登場するキャラクターもゲイだったり、体にハンディキャップを持っていたりと、マイノリティの若者たちの姿が描かれます。ドラマは2010年のエミー賞、ゴールデングローブ賞に輝きます。「gleeといえばライアン・マーフィー」というぐらいに、マーフィー先生がスタープロデューサーであることを世に強く印象づけました。
「glee/グリー」の素敵なところは、ヒット曲を次々とドラマ展開に盛り込んでいること。歌だけじゃなくて振付けもあること。ドラマなのにまるでミュージックビデオのようなんですよね。シーズン1の最初のエピソードでフィーチャーされたのはジャーニーの「ドント・ストップ・ビリーヴィン」。世代を超えて夢を追う若者の心に突き刺さる曲!「ドント・ストップ・ビリーヴィン」はこのドラマのアンセム的なポジションですかね。
「glee/グリー」は2015年のシーズン6まで続く長寿シリーズとなり、マーフィー先生の代表作となりました。
「食べて、祈って、恋をして」
マーフィー先生は「glee/グリー」のスタートと同時期、映画「食べて、祈って、恋をして」(2010年)で監督と脚本をつとめます。ジュリア・ロバーツ主演、エリザベス・ギルバートのベストセラー・エッセイが原作です。35歳、順風満帆で安定した生活を送っていた女性が離婚や失恋をきっかけに「自分探し」の旅に出るというストーリー。主人公エリザベスは1年かけて、イタリア、インド、インドネシア・バリ島をめぐり、運命を切り開く。
映画には賛否両論が寄せられましたが、興行収入は2億ドルに上り、その年のヒット作品となりました。ジュリア・ロバーツが喰って喰って喰いまくる!っていうシーンしか記憶にないな・・・
マーフィー・チルドレン
マーフィー作品の常連はダレン・クリス君です。「glee/グリー」でもクリス・コルファー演じる人気キャラクターの恋人役で、ふたりは名カップルとして描かれているようですが、実は僕「glee/グリー」よくよく見たことないんだけどね(笑)
ダレン君は「アメリカン・クライム・ストーリー」や「ハリウッド」などのマーフィー作品でメインキャラクターに配役されています。
先生が2018年に制作したテレビシリーズ「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」で、ダレン君はファッションデザイナーのジャンニ・ヴェルサーチが1997年に殺害されるという実際にあった事件で、逃亡の末に拳銃自殺した犯人アンドリュー・クナナンの役を演じました。これ衝撃的なお話でしたね・・・サイコパス殺人鬼・・・。グロなストーリーにマーフィー先生はお得意の音楽で味付け。逃亡中に元恋人を人質にとって忍び込んだバーで流れるのはザ・カーズが生んだバラード・ソング「ドライヴ」。泣けたねえ・・・クナナンに感情移入してしまった・・・サイコパス予備軍じゃん。
つい先日、「glee/グリー」のメインキャラクターのひとりを演じたナヤ・リヴェラの訃報が伝えられました。これで「glee/グリー」主役陣の死は3人目。なんとまあ。1人目はイケメン・クオーターバックを演じたコーリー・モンテイス。2013年にオーバードーズで亡くなります。2人目はマーク・サリング。児ポ所持容疑で起訴され、17年に自ら命を絶ちます。そしてナヤが湖で変死するという……
マーフィー先生はコーリー顔が好きなんだろうな。色白のくりくりっとした童顔の子。Netflixのドラマシリーズ「ハリウッド」でロック・ハドソン役をしたジェイク・ピッキングくんも同じ系統に見えます。
「ノーマル・ハート」
2014年にマーフィー先生はHBOのスペシャルドラマ「ノーマル・ハート」を手掛けます。
ちなみにHBOとはアメリカのテレビ局で、僕が大好きな「ルッキング」というTVドラマもこの局で作られました。このチャンネルは地上波放送ではなくケーブルテレビです。特にアメリカはプロスポーツはケーブル局と視聴契約しないと見れなかったりしますし、手の込んだドラマもほとんどがケーブル局の制作です。「セックス・アンド・ザ・シティ」「ゲーム・オブ・スローンズ」もHBOですね。ちなみにABC、CBS、NBCがアメリカの地上波三大ネットワークです。ケーブルテレビはMTVやCNNなど、ごまんとあります。「glee/グリー」はFOX、「アメリカン・ホラー・ストーリー」「アメリカン・クライム・ストーリー」はFXでした。
エイズ禍を描いた「ノーマル・ハート」。写真はジョナサン・グロフ君(ドラマ「ルッキング」主演)です。「よく居そうな隣のお兄さんタイプ」のビジュアルが可愛いですよね。ゲイを公言している俳優でして、「アナ雪」ではクリストフの声を吹き替え。
さて、「ノーマル・ハート」はラリー・クレイマー(1935-2020)というゲイ・アクティビストの自叙伝的作品で、もともとは舞台モノでした(1985年オフブロードウェイで初演)。AIDSがまだ原因不明の「ゲイの癌」と呼ばれ、偏見や差別が蔓延していた1980年初頭のアメリカで、正しい理解のために啓蒙活動に奮闘するヒーローたちの姿が描かれています。マーフィーはこの作品を2時間ドラマとして映像化しました。
主演はマーク・ラファロ。彼はストレートですが、脇を固める出演者たちが、んもうゲイ祭り。「ホワイトカラー」のマット・ボマー、「ビッグバン・セオリー」のジム・パーソンズ、「ルッキング」のジョナサン・グロフ、そしてジョー・マンテロ、デニス・オヘアといったオープンリー・ゲイの俳優たちが並びます。日本のゲイ能界にも見習ってほしいです・・・もっとカミングアウトしやすい環境をね。。。
また、マーフィー先生は「食べて、祈って、恋をして」で主演を張ったジュリア・ロバーツをこのドラマに起用します。エミー賞ではロバーツはテレビ映画部門の助演女優賞にノミネート、作品自体はテレビ映画部門の作品賞を受賞します。マーフィー先生にとって2度目のエミー賞受賞でした。
ちなみに「ノーマル・ハート」と同じくHBO制作のエイズ禍を描いたテレビドラマに「エンジェルス・イン・アメリカ」(2003年)というものがありました。僕はこれからチェックします。Amazon Primeで配信中ですわよ。アル・パチーノ、メリル・ストリープ、エマ・トンプソン出演。04年のエミー賞で11部門受賞の快挙を成し遂げた傑作なんです。はよ見たいわー!時間をくれー!
Netflixとの独占契約
2018年、マーフィー先生は1980年代のニューヨークでドラァグを目指す若者を描いたドラマ「Pose」(FX)をプロデュース、そしてこの後Netflixと5年間の独占所属契約締結が発表されました。これにより、マーフィー先生の新作は今後5年にわたってNetflix独占コンテンツとして配信されることになります。その契約金は3億ドルに上るとされています。Netflixの意地ですね。テレビ業界をリードしていたマーフィー先生を味方につけ、ストリーミング配信の波はどんどん世界に広がっていきました。
19年、マーフィー先生はドキュメンタリー「サーカス・オブ・ブックス」を制作しました。ロサンゼルスでゲイ・ポルノ専門店を営むユダヤ人夫婦が歩んで来た30年の道のり、そしてLGBTQの歴史が鮮明に描かれます。「ル・ポールのドラァグ・レース」シーズン5に登場したアラスカちゃんもこちらの元従業員でした!
Netflixドラマシリーズでは、19年に「ザ・ポリティシャン」、20年に「ハリウッド」をリリースします。21年にはユアン・マクレガーを迎えて「ホルストン」を制作。
フォトグラファーの旦那さん
マーフィー先生は2012年にフォトグラファーのデイヴィッド・ミラーと同性婚をしています。ニューヨーカー誌によると、ふたりの出会いはウェストハリウッドの「ミューズ」というレストランで、1996年まで遡ります。この時マーフィー先生は31歳。てかウェストハリウッドって住民の40%がLGBTQですって売り文句にしてるの?!カリフォルニア観光局のウェブサイトに堂々と書いてあるわ(笑)
いろいろあって、ふたりの真剣な交際がはじまったのは2010年。「glee/グリー」のスタートもこの年だし、マーフィー先生の人生が変わった年ですな、ほんと。12年に結婚し、それから代理母出産によってふたりの息子をもうけました。
Netflixとの契約時にマーフィー先生は次のようにコメントしました。
マイアミ・ヘラルド紙、ロサンゼルス・タイムズ紙に寄稿するひとりのジャーナリストだった彼は、20代の青春を長い下積み時代として過ごし、1999年にテレビ界へと飛び込みました。マーフィー先生は「アメリカでもっとも勢いのあるギョーカイ人」と呼ばれるまでにメキメキと頭角を現し、家族という幸せまでも手にします。
人生は思ったよりも長い。僕は28歳、ようやくスタートラインで「位置について」、と呼びかけられているようなところか。
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