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雨の北野に母を想う ニケと歩けば
夜中からの雨は冷たい空気をつれてきました。
北野の坂はひっそりと濡れて静かです。
近くの山も白く濁って、花嫁のベールのようにすそ野まで。
静寂ということばがよく合う町並みでです。
聞こえるのは私の足音だけ。この北野はいつも思いますが雨がよく似合います。濡れた歩道と石垣やレンガの濡れた塀は雨水を吸って鮮やかな赤茶になります。
束の間 雨が上がりました。紅葉が鮮やかです。
それは遠い昔の事。小さな私は母と二人、この坂をよく散歩しました。
母は草花が好きで、名もない道野辺の小さな花を見つけては「かわいいね!」と立ち止まります。
ある時、山鳩が猫にでも襲われたのか道の真ん中でバタバタともがいていました。私はそのさまが怖くて母の後ろに隠れていましたが、母は持っていたハンカチにくるんで家まで持って帰りました。
丁度、靴の箱がサイズ的に良かったので、そこにタオルを敷いて様子を見ることになりました。野生の動物は人に触られただけで死んでしまうと言われていましたが、ほっておくわけにもいかず、母は廊下の隅に置きました。
ある日学校から帰って鳩の入った箱を覗きましたが、その姿はありませんでした。母に聞いても知らぬ間に飛んで行ったというのですが、なんとなく信じられず、庭のあちこちを探しました。
埋められた様子はありません。でも飛んで行ったとはどうしても信じられませんでした。本当のことを知るのも怖い気がして、考えないようにしているうちに忘れてしまいました。
大きくなってそのことを母に尋ねたことがありました。
家に連れて帰って、ほどなく、鳩は息絶えたそうです。何日もいたように思っていたのは、「そっとしておいてあげよう」と覗かないようにした母のやさしさです。
今も公園の鳩を見るとあの時の光景が昨日のように蘇ってきます。濡れた石畳にバタバタと羽をばたつかせてもがく鳩の姿と母のハンカチ。
母には親離れしたいのにできないもやもやした感情がありました。反抗するというほどはっきりした行動もとれず、何か晴れない思春期を過ごしましたが、いつも静かに見守ってくれていました。
もっと素直になればよかったと思うこともあります。きっと天国で許してくれていると信じます。
「可愛げのない娘であったことを許してください」この年になって、やっと今は素直に言える私がいます。「親孝行したいときには親はなし」他人事のように思っていました。
半世紀以上前のことを思い出す静かな散歩になりました。足元のニケは落ち葉のガサガサと言う音に驚いたりかまえたり、湿った空気が彼女の鼻をいっそう黒くしています。
今日もいい日にしましょう。