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友達価格〈短編小説〉

「もういい時間だな。この近くに俺の友達がやってる飲食店があるんだが、そこで昼飯にでもしないか?」

クライアントとの仕事を終え、会社に帰る途中。
三人の社員に、そう声をかけた。
時間はちょうど十二時を少し超えたばかり。
昼食にはピッタリの時間帯だ。

「社長!」

三人は期待のこもった視線を、俺に向けている。
苦笑するしかない。

「俺の奢りだよ」

途端に顔を輝かせる三人の様子を眺めながら、俺は友人とのやり取りを思い返した。



先週の夜。
社内に一人残って仕事をしていた俺のもとに、久しぶりに友人から電話が掛かってきた。
彼との付き合いは大学時代からになる。
以前は年に数度、何かしらの理由をつけては呑みにいっていたものだ。
だが、あの世界中に混乱をもたらした流行り病。
アレのせいで、すっかり連絡はメールのみ。
流行り病は当時勤めていた俺の会社にも大きな影響を与えたのだが、そんな話題を出すのも億劫で友人には何も言わずにいた。
そうして俺は今、三人の社員と小さな会社を回している。

「はぁ?来週にはお前の店が開店?しかも飲食店・・・」

俺は出そうになるため息を飲み込み続けた。

「唐突だな。そんなの今の今まで聞いてなかったんだが?メールでのおまえの近況報告は何だったんだ?」

と言いつつ、俺も会社を立ち上げた事はまだ彼には告げていない。
実際に会えるのがいつになるかも分からない、そんな相手に心配かけてもつまらんと黙っていたのだから。

(こいつも、俺と同じだったんだな)

それなりに軌道に乗った今も、どう伝えるか悩み。
打ってる途中で終わらせたメールが、いまだに俺のメールフォルダーの中で眠ったまま。
そして今に至る。
どうやら友人もあの流行り病の影響を少なからず受け、今は脱サラをし、飲食店を始めたそうだ。
そしてその開店日が来週・・・つまり今日なのだが。

『初日に閑古鳥が鳴いてたらカッコつかないだろ?友人のよしみで頼む!友人割引ってことで安くするからさ〜!来てくれよ!』

そう告げた友人に、今度こそため息を吐きつつも、その場では取りあえず了承の返事のみで終えた。



教えられた店に行くと、初日の客入りは悪くないどころか大盛況の様子だった。

「社長のご友人、社長にはギリギリでの報告だったみたいですけど、やっぱり外ではちゃんと宣伝活動されてたみたいですね〜」

道すがら友人の店に誘った経緯を話したところ、社員も気になったようでネットで軽く調べていた。
俺も友人から聞かされてすぐ確認はしたが。

「とりあえず、心配は無用だな」

わざわざ俺が客として来ずとも問題がないほど、店内は充分に賑わっている。

「立地も良い方ですし、お店の外観も素敵」

「内装もキチンと考えられている様子ですし」

「さすが、社長のお友達っすね!」

俺もそれには素直に頷いた。

「初めての経営で心配しすぎたんだろうな。昔からアイツはそうなんだよ」

友人はもともと異様に心配性な所がある。
そのくせ、今回みたいに急に思いもかけない事をやらかす。
それが良い方向に働く事もあるが、たまにそのせいで妙な躓きをする事もあった。
今回もどうなるかと思ったが。

「電話での会話で少々不安がよぎったが、この分なら出だしは上々ってやつだな」



店に入るなり俺に気づいた友人は、嬉しそうな表情を見せる。
ただあいにくと今は客の対応に追われているらしく、申し訳なさそうにする。
俺はそんな彼に、軽く手を振って応えた。

「価格も適正・・・かな〜」

メニュー表を見ながら、無意識にそんなことを呟いた社員。

「ここには、昼飯を食いに来ただけだぞ」

俺の言葉に社員はハッとして、すいませんと苦笑した。



「美味しいです!とても美味しいですよ!社長!!」

「これなら今後この付近で昼時になったら、俺が立ち寄る店のひとつの候補に入るレベルですっよ!」

「お店の雰囲気も悪くないし、良いかも〜」

おのおの好きなことを言う社員達の言葉に耳を傾けながら、俺は目の前の料理を黙々と平らげていく。

「ハハッ!社長も気に入ったみたいっすね。ならやっぱり、この店は大丈夫っすよ」



「せっかく友達まで連れて来てくれたのに、全然相手ができなくて悪かったな」

結局ずっと忙しく立ち回っていた友人。
ようやく落ち着いたのは会計時だった。

「別に構わんさ。飲食店の初日は本来、忙しいのが通常運転だろ」

「どうよ、俺の店は!」

「そうだな・・・良いんじゃないか。料理の味は俺好みだったし」

その言葉に嬉しそうに笑う友人。
俺も表情を柔らかくしかけるが、彼の次の言葉にそれがピタリと止まった。

「いや〜!今日は本当に来てくれてありがとさん!それじゃ約束通り友人割引で、今日だけ出血大サービスの20パーセントび・・・」

友人が言い終わる前に、俺は間髪入れずに伝票通りの金額をトレーに置く。
驚いた様子の友人に、先週そのまま飲み込んだ言葉をぶつけた。

「おい!今が一番大事な時だろ。変に気を遣って、無駄に価格を歪めるな!」

「へっ!?」

戸惑う友人に構わず続ける。

「今日みたいに盛況なのは、開店からほんの僅かな間だ。そのうち嫌でも落ち着く事になる。一番の稼ぎ時に、友達だからって割引なんてやってる場合か。そもそもこういう時にこそ応援するのが、本当の友達ってもんだろが!俺をその辺のダチヅラしたタカリと同じ扱いしてんじゃね〜よ!」

この友人は心配性な所がある。
だからこそ何かを始める時に、行き当たりばったりなんて事はしない。
何をやるにも、しっかり計画的に取り組むのが彼の性分だ。
実際この店は、良いスタートをきっている。
場所が良く、店の作りも客受けしやすい。
ちゃんと考えて行動した結果だろう。
この店を知ってから軽く調べたが、宣伝もよく練られたものだった。
何より料理が美味い!

「妙な所で安売りするな。自分の店だろ!もっと自信を持ってやれ!」

この業界はちょっとでも躓けば、そのまま転がり落ちることもままある。
安くすれば相手が喜ぶなどと考えるようでは、後々この店にとって良くない影響を与えかねない。
実際にそれで傾いた店を、多く見てきた。

「まぁ、応援って言ってもな〜。今回みたいに誰かと来るとか、この辺りを通った時にでも優先的にここの店を選ぶくらいとかだけどな」

「あっ、いや・・・それで充分・・・だよ」

照れた様子で、素直に呟く友人。
その様子に急に俺も気恥ずかしくなってくる。
照れを隠すように、少し考えるような素振りをし。

「あ〜・・・実際に友達としてできるのは、それぐらいだな〜。店が傾いてからじゃ、俺にできる事はそんなにないからな。その時は知らんぞ」

そんな憎まれ口をわざと言えば、友人もいつもの調子に戻り大袈裟に反応してみせる。

「おまえな〜!店、出したばかりの俺にそ〜いこと言うか!?」

「友達、としてはな」

「はぁ?」

怪訝そうな目を向ける友人を前に、俺は表情をニッコリ営業スマイルに変えた。

「できましたら、そうなる前のご相談をお勧めします。私どもでご相談に乗り、全力でお力添えをさせていただきますので」

声も営業用のそれに変え、すかさず持っていた財布から一枚の名刺を取り出すと、スッと友人に差し出した。

「経営・・・コンサルアドバイザー?・・・って社長!?お前が!?初耳なんだが!?というか、それじゃこれまで務めてた会社は!?辞めたのか!?いつ!?」

「まぁ、それは今度ゆっくり呑みに行った時にでも」

「えーーー!?」

混乱する友人をよそに、俺はニヤリと笑って言ってやる。

「ああ、ちなみにさっきのアドバイスに関しては、友人への開店祝いのサービスってことにしといてやるよ」

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