
文化によって変わる「歴史」と「物語」の捉え方
パラレルワーカー占い師の穂積歩夜です。
大学でフランス語を初めて学んだ時、「歴史」と「物語」は同じ"histoire"という単語で表すことを知りました。
考えてみると、英語でも歴史は"history"、物語は"story"と、似ています。
もう少し調べてみると、ラテン語の"historia"がルーツであることが分かります。ラテン語の影響を受けているヨーロッパ系の言語は、「歴史」と「物語」を同じ単語で表すということですね。
一方で、日本語では「歴史」と「物語」は別の単語。アジアの言語をはじめとして、このように両者を区別する特徴は日本語以外にもあるようです。
ということは、「歴史」という概念への向き合い方が、文化によって違うということが想像できます。
生成AI・Copilotの知恵を借りながら、考えてみました。
あくまで私の考えですが、「歴史」と「物語」を別の単語としている文化圏では、「歴史」と「物語」がそれぞれのカテゴリの中に収まって、別物として混ざらないイメージ。
一方で、「歴史」と「物語」を同じ単語とする文化圏では、「歴史」というものが、「物語」の集まりでできていて、両者がつながっているイメージです。
英語の「history/story」とか、フランス語の「histoire」とか、「歴史」と「物語」を表す単語は西洋では語源が同じことが多いけど、東洋では違う。だから、「歴史」という概念への向き合い方が違う。AIの力を借りつつ、考えを巡らせてみる(人と会ってなさすぎて、copilotとおしゃべり) pic.twitter.com/0s9KMYllSV
— 穂積 歩夜(ほよ) (@hoyo0602) February 17, 2025
こんなことを考えていたら、この違いに向き合わされるような出来事が起こりました。
それは、イスラエルとパレスチナの現状を描くドキュメンタリー映画『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』を見に行った時のこと。
ドキュメンタリーと言えど、遠い国の出来事だからか、私は無意識に現実とは一線を引いて鑑賞していたところがありました。
でも、その一線を超えた瞬間がありました。
家を壊されるなど、苛酷な状況の中で暮らしている子どもたちが、寝る前のベッドの中でスマホをいじっていて、親に叱られる場面です。
戦時下でもネットは繋がっているし、子どもたちはスマホを持っているし、ゲームもして遊ぶ。
自分たちと同じだと思った瞬間に、これは現実なんだ、と急に実感が沸いてきました。
振り返ると、同じような感覚を味わったタイミングが、これまでにもあったことに気付かされます。
たとえば、ユダヤ人大量虐殺が行われたアウシュヴィッツに行った時のこと。ガイドさんのお話しを伺いながら展示物を見ていた時、頭の中では悲惨さを理解していても、肌で感じる現実感というものがありませんでした。
それを急に感じたのが、収容者が銃殺された「死の壁」のところに集まって、花を手向け、泣いている人たちを見た瞬間。恐らく、ここで親族を亡くしたユダヤ人の方だったのではないかと思います。
彼らの感覚では「歴史」というものが、今と切り離された教科書の中の「史実」ではなく、今の自分たちにつながっている「物語」の一部だという意識が強いのでしょうね。
先日も似たような記事を書きましたが、どんな前提を持っているかで、見える世界は全然違います。
完全に価値観を共有して理解し合うのは無理ですが、「この人はどんなメガネで世界を見てるのかな?」と、想像を巡らせることは大事です。
ところで、最近、『チ。―地球の運動について―』にハマっています。
この作品には「君らは歴史の登場人物じゃない」とか、物語に対するメタ発言的なものが出てきます。
これって、「歴史」と「物語」を同じ単語とする文化圏では受け止め方が変わりそうですよね。どう訳すのか、そして見た人がどう受け止めるのか、今回の件を踏まえて興味を持っているところです。
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