#01 虹色の朝陽 生い立ち 妊娠出産 0歳の記録
皆さんこんにちは虹色の朝陽です。
朝陽の幼少期の記録は「虹色の朝陽生い立ちマガジン」にまとめています⬇︎
3人目の息子は自閉症でした
現在は5人家族の我が家ですが、3人目の出産は、正直私自身とても悩みました。
もともと3人子どもが欲しいね!と夫婦で話していましたが、長男次男と男の子2人の子育てに終われる毎日が続き、現実は思った以上に大変で、3人目も男の子だったら??私は子育てしていけるのか???そう思うとなかなか3人目の妊娠に踏み切れませんでした。
それでもやっぱり、子どもは3人いたら喜びも3倍…幸せも3倍…いやそれ以上だと思っている私たち夫婦は3人目の出産を望み、ありがたい事に第三子を授かることが出来ました。
長男次男は三男を妊娠している時期に幼稚園へ通っていたのですが、私は臨月にもなると大きなお腹で動くのが大変で、子どもたちと一緒に遊ぶ事も本当に大変でした。
私の趣味はカメラなのですが、朝陽を出産する直前、とあるお店のフォトコンテストに我が家の写真を応募する事に。その写真を撮影するために長男次男が私のお腹に絵を描きました。これはこれで恥ずかしながらも息子達との思い出であり楽しい時間でもありました。振り返って当時の写真を見返すと私のお腹には虹の絵が…。赤ちゃんの名前を朝陽と名付ける事は決めていて太陽の絵も描かれています。この時から、すでに虹色の朝陽がスタートしていたのかもしれません。
私は3回目の妊娠という事もあり、妊娠出産に関しては慣れたつもりでいました。子どもは元気に生まれてくるのが当たり前だと思っていたこの頃…まだ私は発達障害児の母になるとはこの時全く想像もしていませんでした。
自閉症と診断された息子の誕生
2014年8月早朝4時
我が家の三男朝陽が誕生しました
そう願って名付けた名前です。
生後3日。産婦人科にて写真を撮ってもらいました。親バカですが、あくび姿がとっても可愛いです。
子育てをしていると育児書を読む機会も増え私も色んな育児所を読みましたが、三男朝陽に関しては育児書が全く通用しない…これから朝陽の子育ては【普通の子育て】が通用しない、そんな子育て生活がスタートするのです。
後に発達障害と診断される朝陽ですが、赤ちゃんの頃、困った時に育児書を取り出してきて参考にしながら試行錯誤するものの思うように行かない。育児書通りには当てはまらない我が子。私はいつの間にか育児書が大嫌いになり、本を読むこともしなくなりました。
しかし息子の発達障害が分かり、子どもと少しずつ向き合えるようになって沢山の発達障害に関する本を読み、発達障害とは何なのか?生きづらさとは何なのか??子どものためにもっと勉強しようと思えるようにもなりました。
こちらは、これまでになかった発達支援雑誌です。
発達障害のある子どもにとって過ごしやすい環境ってどんな環境??
実例の写真などをもとに家庭や保育園幼稚園でも取り入れやすいものが紹介されていると思います。ちょっと宣伝になりますが…朝陽が特集で見開き1ページ取り上げられています。
誕生 赤ちゃんの頃の様子と特徴
3歳の頃に自閉症スペクトラムと診断された朝陽ですが、そんな我が家の三男朝陽が誕生したのは8月でした。
三人目の出産だったので特に心配する事もなかったですし、ちょっとした陣痛がきても「まだ大丈夫大丈夫…」私はそう思っていました。
「今のうちに1週間家をあける準備までしておこう」とギリギリまで食器洗って洗濯物を畳んで掃除機かける余裕もありました。
長男次男は幼稚園に行ってましたので、自分で車の運転をして長男次男を幼稚園へ迎えにいって、更にはスーパーで夕飯の買い出しもして,、子どもたちにはご飯を食べさせたりお風呂へ入れたりと、いつもの日常を送っていましたが、バタバタする私の様子から長男次男も赤ちゃんが産まれる事を察したようでした。
「これからお母さんは赤ちゃんも産むから、おばあちゃんちに泊まるんだよ」と私は子どもたちに説明をしてまた出産準備を再開しました。子どもたちはいつもよりちょっと興奮していたのですが、長男次男それぞれにちょっとだけ様子が違うのです。
長男は赤ちゃんの誕生は二回目の経験なので少し気持ちにも余裕があります。次男は初めてのことに戸惑いながらもお兄ちゃんになるのが楽しみな様子で「あした赤ちゃん見に行くね!」「僕もだっこできる?」と私に何度も何度も声をかけてきました。
家族みんなが朝陽との対面を本当に楽しみにしていました。
のちに自閉症スペクトラムと診断された朝陽ですが
そんな朝陽が生まれたのは早朝4時頃。
へその緒がちょっとだけ絡まって、出てくる時は少し苦しかったようですがそれでも小さな力で一生懸命頑張って、私たちのもとへ生まれてきてくれ他のです。人間の生命力って本当にすごいな…と何度出産しても感動する瞬間です。
命の尊さを出産するたびに感じます。
子どもたちのこれからの人生は、きっと楽しいこともあれば大変なこともあるでしょう。でも、どんなに辛くて雨の日が続いても、どんなに天気が悪くて凍える日が続いても、必ず朝日がのぼるから…だから大丈夫。
生まれてくる この子の人生も 明るくて暖かい未来になる事を願い、朝陽という名前を付けました。
元気に声をあげて泣いてる姿を見てほっとしたのを覚えています。
夫は立ち合っていたのですが、生まれる瞬間はトイレへ行っておりまして・・三男の誕生の瞬間に出会うことはできずに、助産師さんからは「あらお父さんもトイレで出産中だったかな?」なんて冗談を言われながら・・・まあ…それも振り返ると出産エピソードとして良い思い出です。
長男、次男、三男それぞれに誕生エピソードがあったな…なんてそれぞれ息子たちのアルバムを見返しながら私も温かい気持ちになります。
これはおくるみで身体を巻いています。
このおくるみの巻き方で巻いていると赤ちゃんも安心するようでぐっすり眠ってくれました。
0歳赤ちゃんの頃の特徴その1
YouTubeでも朝陽の赤ちゃんの頃の様子は何度もお話しましたが、赤ちゃんの頃は発達障害があるなんて1mmも疑う事がありませんでした。
長男や次男の頃の子育てと同じ、つまり定形発達の子どもと何も変わらないと成長だと思って育てていたのです。
じゃあ定形発達ってなに?
普通の発達って何?
と疑問にも思うところですが…母子手帳に書かれている発達段階を基準にすると
(あくまでも目安です)
こういった目に見える発達の遅れがあると、市の発達相談に行かれたりする方も多いと思います。息子は0歳から1歳まで母子手帳通りで、特に発達に問題がありませんでした。
よく発達障害のある子は、赤ちゃんの頃にいくつか特徴としてあげられるものがあります。(しかし、これらが当てはまるからといって発達障害とは限りません)
例えば目が合わないとか、あやしても笑わないとか、言葉がでないとか…後追いをしないとか、夜泣きがひどいなど、色々言われることがありますが、息子はそういった事にもあてはまるものがありませんでした。
そんな朝陽を出産して3ヶ月くらい経った頃に我が家は引っ越しをしました。家族揃ってお宮参りへ行って落ち着いた時期を見て、おばあちゃんが住んでいた古い一軒家に引っ越す事になりました(築40年の本当に古い家です)
古い家ですが、大切にされていた家なので、壊して建て替える事がなかなか出来ずにいます。我が家は男の子3兄弟という事もあり、この先の子育てを考えると、子どもたちの声が気にならないように、アパートやマンションよりも一軒家のほうが私の精神面で考えても子育てしやすいのではないか?と夫婦で話し合って引越しする事にしました。
しかし…それはそれは大変でしたね。
引っ越しも大変でしたがそれ以上に・・次男の幼稚園送迎が大変でした。当時、次男がまだ引っ越す前の地域の幼稚園へ通っていたので、引越し先の家から毎朝往復1時間かけて次男の幼稚園まで送迎をしていました。1日送迎に2時間も費やすことに。
行きと帰りで2時間なので送迎のために2時間とられてしまうのが肉体的にも精神的にもきつかったです。なので朝陽も赤ちゃんの頃は1日に2時間、毎日車の中で過ごしていました。
今思えば申し訳なかったな…と思います。もうちょっと一緒に絵本を見て遊んだり、積み木やブロックで遊んだりしてあげれたら良かったのかな・・・なんて思ったりもします。
当時の息子には車から見える景色だけが刺激になるものだったと思います。
ま、でも。
三人育ててきましたが、子育てなんて失敗と反省の繰り返しだなとも思っています。正解なんてどこにもない子育てに母親は毎日必死にもがくしかないのです。
よく笑いよく寝る0歳の頃の様子
三人目の出産ともなれば何でも慣れたもの♪なんて言いたいところですが三人目の出産でも私は沐浴が苦手でした。
新生児の服を脱がすのも大変
今にも泣き出しそうで、こっちがおどおどしちゃうし今にも折れそうな手足を扱うだけでどっと疲れてしまいます。
寒そうなので早くお風呂に連れていきたいけれど、お風呂場でスタンバイしている夫と息が合わない笑選手交代!で私が沐浴するも・・・・互いに固まって緊張感溢れる空気 笑
固まっていますw
私の服もお湯につかってびちょびちょです。
落ち着いたら気持ちよさそうな表情で癒されるのですが、沐浴時間の目安ってのもなかなか難しいものです。
赤ちゃんの頃、朝陽は母乳もよく飲んでくれて添い乳をすれば飲み終えて満足してすーっとそのまま眠りにつく子でした。授乳や寝かしつけに手がかかる印象ではありませんでしたし、0歳の頃にぐずって大変だったという印象があまりありません。
次男の幼稚園の送迎が1日往復2時間かかっていたので、その時間に脱着式のチャイルドシートでぐっすり寝てくれてる事も多くて、ベビーカーやチャイルドシートを嫌がる様子もありませんでした。(まだこの時は)
その当時 チャイルドシートは取り外し式のものを使用していたので、出先でも、チャイルドシートの中で眠っている朝陽をそのままチャイルドシートごとお店へ運んでいました。
車内で眠っても起こさずに移動が出来てとっても楽で、なんでこれ長男次男の時に使わなかったんだろうって思いましたね。
周りの人からも手がかからないねとよく言われてましたね。人見知りもあまり無かったように記憶しています。
0歳の頃はあまりベビーカーを使うことはほとんどなかったのですが、ベビーカーの中でも熟睡です。新生児の頃は抱っこ紐を私はよく使っていたのですが、よく抱っこ紐の中でもぐっすり眠っていたように思います。
後に発達障害と診断される子の中には「なかなか寝ない」という子や「よく寝て手がかからない」という子もいます(全ての子に当てはまりません)
我が家の息子は赤ちゃんの頃よく寝る子でした。しかし次第になかなか寝ない手がかかる子になりました…。今現在(保育園年長時)も夜中12時近くまで起きてる事があります。
産婦人科から退院して自宅へもどっても本当にスヤスヤねていました。長男次男がうるさくても熟睡です。3人目って本当にどこでも寝れますね
時に寝ながら笑ってる・・・・
3番目は何しても癒しです
むしろ起こしたくなるほどよく寝る子でした。発達障害のある子は手がかからないとう子もいますし、ギャンギャン泣く子もいて、寝る子だから発達障害、寝ない子だから発達障害という感じで決めつけるのは慎重になる必要があると思います。
それにしても赤ちゃんの寝顔は癒されますね。
手をバンザイして寝ているのもこの時期ならではの姿
こんなスヤスヤ眠る我が子を見てこの子に障害があるなんてこの時は思いもしなくて新生児との穏やかな毎日を送っていました。
ちょうど三男が赤ちゃんの頃は長男次男がサッカーを始めた時期でもあったのでサッカーの練習を見に行く時はずっと抱っこ紐の中で過ごしていて1日中外で試合がある時は1日の半分の時間を抱っこ紐の中で過ごすなんてこともありました。
大人しく抱っこ紐の中で過ごしてくれたので長男や次男のサッカーの様子をこの時はゆっくり見ることだってできました。いつかは兄弟3人でサッカーする日なんて来るのかな?朝陽は野球がしたいとか言うのかな?なんて妄想するだけで幸せで、抱っこ紐を使わないと息子を見失うようになる生活がこの先待ち受けているとは全く想像もしませんでした。
↓続きの生い立ちエピソード#02はこちら
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