#09 虹色の朝陽 生い立ち 療育の記録
3歳8ヶ月までの言語訓練
3歳の時に自閉症スペクトラムと診断された息子は、児童発達支援へ3歳から通っています。少しずつ単語が出てきて2語文の練習も少し取り入れていました。家ではカードを使って遊んだりしていくうちに少しずつ単語が増えてきました。
当時通っていた療育では個別の言語訓練があって言語聴覚士の先生とマンツーマンで言語訓練をしていました。先生も楽しみながら30分息子が飽きないように工夫して以下の内容で取り組んでくださいました。
保育園年少5月までの療育
保育園年少クラスにあがるタイミングで別の保育園に転園した息子ですが、当時通っている保育園の先生より「療育の日数を週1から週2日にしませんか?」と提案されました。
保育園年少クラスへ通い出した4月5月の頃、週に1度の療育での記録です。
息子は運動が当時から大好きでした。しかし、じっとしておくのが苦手なのでとにかくいつも体をうごかしていました。
5月の子どもの日に久しぶりに家族で遊園地へ行きました。1年前は列に並ぶ事が出来なかった朝陽ですが、1年前よりも一緒に行動出来る時間が多くなりました。
療育でも保育園でも家庭でも絵カードを使って 少しずつルールなどを身につけて行きました。
保育園年少6月の療育
3歳4ヶ月の頃に自閉症スペクトラムと診断された息子は3歳の頃から児童発達支援のほうへ通っています。3年間療育を受けてきて本当に成長しました。3歳(早くて2歳)から通っている子も多いと思います。
6月の療育での様子をご紹介したいと思います。
当時は周りの子は数字が言えるのに息子は全く数字が分かりませんでした。数字が分からないという事でお友達とトラブルになることもよくありました・・・。
この頃からパズルをしていました。最初は2ピースからスタートして4ピースへ。パズルに関しては本当に色んな面で成長出来たと思っています。
▼療育で使っていたものはこちらです
我が家はもう2ピース4ピース6ピースとクリアしたので、家庭ではこちらを購入して遊んでいます。
トトロのパズルは15ピースから80ピースまで楽しめます。息子は好きなキャラクターを取り入れるほうが集中して楽しめるのでトトロを選びました。使っていたものはこちら↓
▼他にも文字なぞりを始めました
保育園年少7月の療育
息子は3歳から児童発達支援で療育を受ける事になりました。私は早期療育は大切だと思っています。療育に3年間通う中で言語理解などの数値が上がったのでは?と感じているからです。
▼3歳の頃発語無しからの成長です
年少の頃から環境もかわり3ヶ月が経った頃、よく保育園にも療育にも「行きなくない」と泣く事が頻繁に起こりました(ほぼ毎日)
療育の連絡帳にて先生へ泣いて登園をしぶる事を相談しました。
本人も我慢しながら頑張っているんですよね。療育ではボーリングを楽しんでいたようで、家庭でもボーリングを購入して室内でよく一緒に遊んでいました。
「3本倒れたー!」など数を数えながら数字に親しむ事が出来たと思います。
保育園年少11月から言語訓練が無くなる
療育での言語訓練や保育園での環境もよかったので、息子も沢山成長が見られたと思います。
そんな中、、、療育での言語訓練が約8ヶ月ほど無くなっていまいました。担当の先生が産休に入られたからです。いつになったら新しい言語聴覚士さんが療育へ入られるかも分からない状態でした。
やっと言葉が増えてきてこれからもっと伸びるだろうと期待していた時だったので、いつになっても新しい先生が入ってこられない状況に、私も焦りと不安と何か問題が起こる度に療育を変えたほうがいいんじゃないか?個別の訓練がないから成長しないのだと思ったり、何度も療育を変えたい辞めたいと担当の先生に相談する事がありました。
来月12月には保育園の発表会もあるのに、ちゃんとステージに立てるのか?といった不安もあり、この時期は私も焦りと不安しかありませんでした。
そんな時に保育所の先生から療育センターのパンフレットをいただいたのです。保育所の先生方も個別の言語訓練が無くなった事を心配されており、違う療育の場所を提案してくださったりもしました。
でも、、なかなか私の気持ちが固まらず、そのまま通っている児童発達支援で過ごす事になりました。
それは、療育への不満もありながらも、これまで先生たちが一生懸命に支援してくださった事に感謝していましたし、これからも信じてお願いしたいという気持ちがどこかにあったからです。
保育園年少12月の療育
年少12月のこの時期は、療育で椅子取りゲームがよく行われており、優勝者にはメダルが用意されていました。
この時期の息子は勝ち負けにこだわり、1番へのこだわりが強かったので負けた時の癇癪もひどく気持ちの切り替えがなかなかできませんでした。
しかし、一年後の椅子取りゲームでは、これほど笑顔で楽しめるまでに成長しました。
私は幼少期から祖母に「1番になりなさい」とよく言われていた記憶があります。そんな私は小学生の頃からずっと負けず嫌いな性格で生きてきました。負けず嫌いは決して悪いことではないと思いまいますが、それが良い方向へ働く時もあれば、自分を苦しめる時もあったり、他人を傷つける時もあったんじゃないかなと思います。
息子もその傾向が強いと感じます。それでも私は負けず嫌いは悪い事だと思っていません。むしろ勝ち負けにこだわる息子の向上心を受け止めてあげたいとも思っています。
発達障害の特性のある子どもに限らず定型発達の子どもでも勝ち負けにこだわる子は沢山いると思います。親としては負けた時にどう関わって声をかけていけばいいか悩ましいものです。
息子のこだわりの背景にはこういった事が考えられました
私のように身近な大人から勝敗や順位について気にする事を言われ続けると、1番じゃないと駄目だ、100点じゃないと駄目だ、勝たないと駄目だと思う気持ちが強くなっていく子もいるそうです。息子へも気をつけたいところです・・・。
発達障害の特性のある子は負けた時に「まーいっか」とか、出来ない時に
「しゃーない出来ないものは出来ない」って思えるスキルが必要だと私は考えています。
なぜなら、私はずっと長年そばで鬱と躁鬱を繰り返しながら入退院を繰り返す父の姿をみてきたからです。またその事についてはいつかどこかでお話したいと思います。
負けた時に負けを受け入れるスキル。そして負け=ダメではないという事もしっかりと伝えていきたいと思っています。
自分は自分でいいと、ありのままの自分を受け入れながら成長して欲しいと願っているからです。
そしてもし負けた時は自分で悔しい気持ちをおさめる練習も経験を積み重ねながら身につけていけたらいいですよね。
保育園年少1月の療育
4歳4ヶ月くらいの頃のお話しです。この時期は療育で個別の言語訓練が無くなってしまい毎日成長をなかなか感じる事が出来ず不安でした。
息子は手先が不器用だったのですが、特に作業療法などは受けてきていません。療育の中で制作活動を通して、少しずつ出来る事が増えていった感じです。この時期は紐通しをしながら手先の訓練をしていました。
このようにパンチであけた穴に紐を通しながら制作をしていました。
季節に応じて色んな作品を持って帰ってくるのは毎回楽しみで大切に保管しています。
保育士をしていたので先生達の苦労もわかります。私はこういった作品を特に大切にしたいと思っています。
紐通しはチーズの紐通しを使って自宅で一緒に遊んでいましたが今はどこへ行ったか分かりません・・・。
ちょうど1月は療育に通所している女の子の誕生日会がありました。息子はその女の子が大好きでその子に「かっこいい」と言われるために嫌いなお弁当を食べれたり大好きな女の子にかっこ悪いと言われないように泣くのを我慢したり…発達障害の特性があっても他の子と同じように好きな人可愛いと思う人がでてくるんだなと息子の姿を見てほっこりしたのを覚えています。
息子が発達障害と診断された時はずっと一生息子と一緒に暮らすのかな?息子に結婚なんて無理なのかな??と、よく分からない発達障害児の子育ての未来にただただ不安でしかなかった。
でも、息子にも本当に好きだと思える人にいつか出会えるといいななんて考えたり、息子の事を理解してくれる人に出会えるときっと息子は幸せだろうな…なんてまだ先の未来の事を勝手に妄想して考えたりしてます。
保育園年少2月の療育
3歳から療育で言語聴覚士さんによる言語訓練(ST)を受けています。最初はとにかく5分も座っていれなかったので訓練にならない・・・。しかし息子はしまじろう効果で訓練を楽しめるようになりました。
言語聴覚士さんからもしまじろうを使うと言語訓練を楽しんでくれたと連絡がありました。しまじろう効果おそるべし・・。
朝陽は0歳の頃からずっとこどもチャレンジをやってます。小さい頃からしまじろうが大好きです。
3歳の頃に自閉症スペクトラムと診断されて退会を考えましたが教材を大切に保管しておいて息子の成長に合うタイミングで教材を取り出し息子がその時興味のあるもので遊ぶように工夫してきました。
長男や次男もこどもちゃれんじ をしてきたので本当にお世話になっています。保育士をしていた私もいい教材だなと毎度関心しています。
こちらは3歳の頃によく遊んでいたドーナツ屋さんのエデュトイです。当時お友達との貸し借りのトラブルも多くコミュニケーション能力が身に付くといいなと思い息子と一緒にお店屋さんごっこ遊びをしていました。
やりとり遊びをしていく中で「どうぞ」「ありがとう」など基本的なやりとりが身につきました。
私がなぜこどもチャレンジをずっと続けてこれたのか?それはその子一人一人の成長はそれぞれで、今遊べなくてもいつか必ず遊べるようになると思っていたからです。私は子どもの成長を信じたいと思いました。1年玩具箱に眠っているチャレンジもありますし2年発酵させたチャレンジもあります(笑)
そしてチャレンジには30年という長い歴史と実績があります。ただの玩具ではなくしっかりとした教材です。レンタル玩具に数千円使って手元に何も残らないというよりもこどもチャレンジを毎月大切に保管して、息子の成長のタイミングで使うのがベストだと考えました。
2年かかってもいい3年かかってもいい必ずチャレンジが必要となる時期が来ると思っていたので続けてきました。
保育園年少3月の療育
私が保育士の仕事を辞めてから実家で働くようになり息子も一緒に実家へ連れていく事が増えました。なのでこの時期の息子は保育園を休みたい療育を休みたいという事が多く、療育の連絡張にも朝はずっと泣いていたという連絡が多く書かれています。
保育士を辞めましたがまた保育関係の仕事はしたいなと思っているんですよね。保育園で働きたいかと聞かれたら…そこはノーコメントですが。。
いつか子育てが落ち着いたら発達障害のある子どもに関わる仕事でもいいかななんて思ったりもします。支援員さんなど。
ちなみに一応資格はあるので児童発達支援でも働く事が出来ます。しかし保育士の免許が無くても児童発達支援で働く事は可能です。保育士不足ですしね・・・。
この時期療育を休みたいとよく泣いていた息子ですが、療育のお友達と公園へ行けば楽しそうに過ごしていたようできっと私に甘えたい気持ちもあったのかなと思います。
私も父の事でいっぱいいっぱいだったので、息子の事に父の事にとダブルで大変な時期でもありました。
長男にも息子のお世話をお願いする事も多く本当に申し訳なかったななんて思います。
お店屋さんごっこがこの時期大好きでよく療育先で先生やお友達と楽しくお店屋さんごっこをして遊んでいたそうです。
おままごとやお店屋さんごっこというのは、やりとりの中で言葉も増えますしコミュニケーション能力も高まっていくんだと思います。私とのやりとりも少しずつ出来るようになっていきました。
あっという間に保育園年少時代がすぎていきました。大変だった年少クラス時代。でも言葉の面で少しずつ成長がみられたように思います。
続きの成長もご覧ください。
↓エピソード♯10はこちら
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