希望は僕らの手の中に
『今の僕にはあんなハッピーなライブイベントを笑ってみれる状態ではなかったなぁ…。』
なんてことを思い、親から譲り受けた軽自動車のハンドル握りしめている。
今日のライブイベントは演者もお客さんも全員笑顔であった。
もちろん自分も終始暗い顔だった訳ではなく、つい笑みが溢れてしまうこともあり、心の片隅にある焦燥感が和らぐこともあった。
ただそれと同時に自分の居場所はここじゃないかも…というなんとも自分勝手な言葉が見え隠れしたりもする。
社会人になって早三ヶ月。もう大学生と誤魔化せられる月日は過ぎており、ライブハウス"CROWBAR"周りでは 『試用期間中に時給960円で働いていた』というある種のブラックジョークがほんの少しだけ広まっていた。
現在の時刻は深夜12時17分。ちょうど8時間前にはライブハウス"CROWBAR"周りの駐車場に車を停め、不安気な気持ちでみんなの元へ向かっていた。ついでにいうと4時間前にはライブ終わりのフライヤー配り後、人混みのしんどさで暗闇の公園に一人腰を落としていた。
そこで考える未来像なんて残酷なものしか想像できない。
特に精神と身体的体力が削られている今、音楽を辞める可能性が広がるだけで決して良い案なんて練れやしない。
あんなハッピーなライブイベントを見てそんなことを思う自分はただの自己中、人でなしだ。
改めて今日を振り返ると我ながらとても情けない話ばかりで、特にライブ後、元バンドメンバーや部の後輩たちが談笑している横を足早に過ぎ去る自分の姿は想像するだけでかなり惨めだ。
『自分は音楽をしてもいい人種じゃない』
あの破天荒な先輩が悩んでいた事柄が自分に巡ってくるなんて…人生は小説よりも奇なりである。
深夜のテンションで無理矢理吐き出しているこの文章もフィクションとノンフィクションの狭間を彷徨いながらいずれは自分の心に終止符を打つだろう。
長々書いたこの文章はただの病んでいる文章で、一般人なら跡形も残らず忘れ去れることだろう。
頭が悪い自分はこんなことで生きた証を残した気になって少し安心感を感じている。右手でまだ生きている心臓の鼓動を確かめている感覚だ。
『自分のこんな文章、音楽が鬱々しい感情を昇華し、憂鬱の悦に浸らず他人の気持ちを蔑ろにしない。』
ただそれだけのこと。
たったそれだけのこと。
それを乗り越えた先にあるのは間違いなく光だ。
今日のライブイベントみたいに誰でも無条件で幸せになれる権利はあるはずだ。
未来を明るくする方法、それは自分自身がよく知ってる。
だって未来は俺らの手の中にあるし希望は僕らの手の中にある。
まだ息をしてる実感を感じる…現在の時刻は深夜1時14分…。
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