オーフ・ザ・レコード物語;20XX年のゴッチャ その74


 分析
 
 夜、別件の会合で食事を終えた後、菜々子はオーフ・ザ・レコードに顔を出した。
 
 前回の飲み残しのシェリーを口にしながら菜々子が話し始めた。
 
「今日の昼ニュースで岩岡さんが、中国軍が居残る可能性に言及したんですけれど…」
「あー見ていたよ」
「後で聞いたんですけれど、再燃の監視を口実に北朝鮮に楔を残そうとするんじゃないかって」
「うーん、岩岡の中国情報が一級品なのは間違いないが、中国も北には必要以上に関わろうとはしないのが、通例じゃないの?それとも何か特別な理由があるのかな?」
「あまり好き勝手が出来ないように、もう少し直接コントロールしたいのではないかっていう見方なんですけれど…」
 
 二人の頭の体操が始まった。
 
「そういう考えになっても不思議ではないね。しかし、仮に、直接コントロール出来るとなると、アメリカが核を何とかしろ、ミサイルをなんとかしろって中国にまた煩く言い始めるよ。中国はそれでも良いのかな…もっとも米中対立は相当深刻だから、むしろ、そうさせて北朝鮮のコントロールも対米交渉カードに使おうって魂胆かな…」
「あ、それならあるかもしれませんね」
 
 菜々子は中国政府の狙いが見えたような気がした。
 
「しかし、だ。北朝鮮の核とミサイルはアメリカの兵力と注意を惹き付け、圧力を分散させるという間接的効果を持っている訳で、だからこそ、中国は北朝鮮を結構野放しにしてきたんじゃないの?少し方針を修正するってことかな?」
 
「あのー、今更多少抑え込んでも、北の核・ミサイルの脅威が無くなるわけではないので、アメリカが北朝鮮対策の重荷を下ろせるようになって、その分、中国対策に振り向けるという風にはもうならないと計算したと考えることは出来るんじゃないでしょうか?
 それより、北のコントロールを対米交渉のカードに使って恩を売って、何か譲歩を、例えば対中制裁解除に絡んでですが、引き出す方が得と計算する可能性はどうでしょう?ハイテク規制はもうかなり響いていますし、中国経済の内情は相当苦しいみたいですから」
 
「成る程ねー、それならあるか…中国の内情はかなり苦しいという菜々子の見方はきっと正しいんだろうしね。でも、そうなると、良いように使われる北が黙っているかな?
 自分達が長年の制裁に苦しみながらも決して諦めなかった核・ミサイル開発を中国に勝手に交渉カードにされるのを指を咥えて見ていると思うかい?」
 
「確かに、それは、その通りですね」
 菜々子が同意した。
 
「とするとだ、北朝鮮がその中国の企みに気付いたら、何か手を打って来るということにならないか?」
 
「そうかもしれませんね。中国に勝手に交渉材料に使われるくらいなら、自分達で交渉しようとしても不思議ではないですよね。元々、それも視野に入れて開発を続けている訳ですから、自分達で宿願の対米直接交渉をまた何とか再開させようとするんでしょうかね?」
 
「悪くないね。菜々子の分析も大したもんだよ」
 
 ルークには年の離れた元部下の成長が頼もしく思えた。
 
「とするとポイントは、封じ込め作戦が成功裏に一段落した時に、中国がなんだかんだ言って居座りを図るかどうか、それに北朝鮮がどう対応するかになるね」
 
「おっしゃる通りかもしれませんね。健康問題もありますから、総書記がもう次の世代の事を考えて行動することは十分考えられると思います。具体的にどう出て来るかは見えませんけれど、ミサイル発射実験をまた乱発するんでしょうか?もっとも、それでアメリカが交渉の席に着くとは思えませんが…」
 
「その場合、強硬策は逆効果だよ。とすると、先に譲歩をしてから交渉を呼び掛けて来るか…アメリカが無視できないような呼び掛けをするにはかなり踏み込んだ譲歩が必要になると思うが、やるかな…?」
 
「健康問題が本当なら、やっぱり次の世代の事を考えて、今のうちに思い切った手に出て来る可能性はあるかもしれませんね」
 
 菜々子が更に続けた。
 
「封じ込め作戦が始まったからだけかもしれませんが、北朝鮮は最近やけに静かなのが私には気になります。嵐の、と言うか、激動の前の静けさかも知れないと思っているんです」
 
「うーん…それは当たらずとも遠からずかもしれないね。悪くない見方だと思うよ。北朝鮮が何もしないと考える方がむしろ不自然だね」
 
 そう同意すると、ルークは焙じ茶を啜った。
 
 ルークにはまだ右も左も分からずに現場を駆けずり回っていた若い頃の菜々子の姿が鮮明に記憶に残っている。最近になってもひたすら聞き役に回るという印象が強かった。その菜々子がもう立派な国際取材部長になっている…今更だが、ルークはそんな感慨にふけっていた。
 
 菜々子もシェリー酒を口に含み、頷きながら応じた。
 
「もっと忙しくなるかも知れません…」
 
 
 その頃、パリの大友達は病院周辺で、朝の出勤時に続き、ランチ・タイムの張り込みに入っていた。
 
 しかし、この日、収穫は無かった…。
 
***
これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
 
©新野司郎
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