オーフ・ザ・レコード物語;20XX年のゴッチャ その83
四週経過
三月の第三月曜日、WHO本部で記者会見の開催が予告された。
パリから山瀬とベルナール、それにフリーランスのカメラマンがジュネーブに向かった。
大友とアヌールは観測を続けていた。
これまでの張り込み中に何度も練習を重ねたお陰で、大友も超望遠カメラの扱いにはかなり慣れていた。最低限の映像は撮れる。
「WHOと中国政府による北朝鮮のガンマⅡ型ADE株封じ込め作戦が始まって四週間が経過した」
現地時間の午後二時、会見はほぼ予告通りに始まった。
「二週間前の記者会見以降、北朝鮮のほぼすべての国民への複数回の検査が完了したが、新たな感染者は見つかっていない。つまり、北朝鮮でこれまでに見つかった感染者の数は、前回の発表と変わらない。
諸君、作戦はADE株の感染拡大を阻止することに成功したと我々は考えている」
ノヴァック事務局長が誇らしげに宣言した。
記者達から、軽くだが、拍手が沸き起こった。だが、ノヴァック事務局長は表情を引き締めて続けた。
「しかし、懸念すべき状況も存在する。
陽性患者のほとんどは既に回復し、体内から新型コロナウイルスは検出されなくなっている。だが、まだ数人、回復したとはいえず、治療が続けられているのだ。この患者達は、いずれも免疫に問題があり、治療薬の投与にも拘らず、体内からなかなかウイルスが消えないのだ。
よって、非常に残念なことだが、ADE株はまだ消滅したとは言えない。我々は感染拡大の阻止には成功したが、ADE株を地上から消し去るのには、もう少し時間が必要だ」
ノヴァック事務局長は会場を見渡し、更に続けた。
「この為、我々、WHOの調査団の監視は続ける必要があると考えている。どこかで、突然、ADE株の感染が再燃する恐れもまだゼロとは言えない。中国政府の支援も、もう少しの間、同じような規模である必要はないが、継続されるのが良いと我々は考えている。
これには北朝鮮政府と中国政府も同意している。その正式な発表は両国政府がするだろう。質疑応答に移りたい」
東京のオフィスに残り会見を見ていた菜々子は、いつまでも治らない患者の存在は別として、事態がひとまず期待通りに動いていることに、安堵と同時に幾ばくかの不安を感じていた。問題なのは北朝鮮と中国の次の動きだからだ。
「依然、ウイルスが消えない患者の人数と容態、隔離状況について教えてください」
AFPの記者が尋ねた。
「患者の人数は四人。二人は末期の癌患者で、二人は免疫に問題のある基礎疾患を抱えている。四人とも急遽作られた特別な隔離施設の中で、言わば何重ものバブルの中に、一人一人個別に隔離されている。
施設はBSL4とほぼ同等の安全管理が施された施設と考えて貰って良い。そこで、専門スタッフによる治療と監視が続けられている」
「病状は?」
「癌患者は末期と私は言ったと思う。重篤だ。免疫に基礎疾患のある患者は二人とも中等症レベルだ」
「具体的にどのような治療を行っているのですか?」
ロイター通信の記者が尋ねた。
「免疫不全の患者には、複数の治療薬の大量投与が始まった。効果があることを期待している。癌患者に対しては、苦痛を和らげるなどの対症療法が続いている。治療薬の大量投与をしても回復の見込みは無いからだ」
「四人の患者からどんな問題が発生するリスクがあると考えられますか?」
イギリスのタイムズ紙の記者が訊いた。
「四人の体内ではウイルスが複製を続けている。新たな変異株や耐性ウイルスが出現してしまい、それが拡がると大変な事態になり得る。だから、四人ともBSL4並みの施設で個別に隔離されている。医療スタッフもBSL4施設並みの防護をしている。
また、念の為、施設は完全に孤立した場所に作られている。周囲四キロ以内に他の建物は無い」
「これまでに更なる変異ウイルスや耐性ウイルスは検出されましたか?」
「新たに問題になりそうなウイルスは検出されていない」
「今後も継続される監視作業は、縮小された封じ込め作戦と考えて良いですか?いつ頃まで続く見通しですか?」
BBC放送の記者だ。
「確かに縮小されることになるが、むしろ作戦はフェイズ2に入ると考えて貰いたい。封じ込め作戦フェイズ2だ。
いつ、完全に終了するか、先の見通しをここで語るのは適切ではないと考える。ただ、ADE株の地上からの消滅が確認されてから最低でも二週間は続けるのが良いと我々は考えている」
「北朝鮮や中国側の都市封鎖はもう不要になると考えられますか?」
フランスのル・モンド紙の記者が訊いた。
「それは北朝鮮政府と中国政府がそれぞれ決めることだ。しかし、我々は、制限をある程度緩和するのは可能だと考える。詳細は近々、それぞれの政府から発表されるだろう」
会見はなお続いたが、山瀬は夜ニュース用のレポート原稿の準備を始めた。残りの会見はベルナールがモニターする。
これが口実にもなるのね…、でも、いつまで続くのかしら…、菜々子は会見を聞きながらそう思った。
***
これは近未来空想小説と言うべき作品である。
当然、全てフィクションと御承知願いたい。
©新野司郎
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