#7 「手話ができる聴者」の役割
こんにちは。NPO法人にいまーるの谷上です。
私は、#3の記事の中の手楽来家(てらこや・就労継続支援B型)の職員であり、聴者です。
利用者の方々は、耳が聴こえないろう者です。手話でのコミュニケーションや、ろう者と聴者との文化の違いに試行錯誤を続ける毎日ですが、今回はそもそもの「聴こえない」ということについて、職場での私の体験・気づきを紹介したいと思います。
手楽来家では、委託業務としてDM(ダイレクトメール)便の配達を9年間行っています。このDM便配達を担う配送部に、私は今年10月から配属されました。そのため、配達業務は利用者の皆様の方が熟練したスキルを持っており、地理情報や効率的な配達のコツなどを日々教わっています。
そんなある日、配達の方法を覚えるため、私は利用者の方の配達に同行することになりました。
配達に出る前、上司から「配達業務の中で、聴こえないことがどういうことなのか考えてみて」と、一言言われました。
後ろから近づく車の音が聴こえないという例はよく耳にするので、視覚的に注意が必要だよなぁというくらいに考え、配達へ出ました。
地理や配達方法を教わりながら配達を進めていくと、配達先のお宅で庭の手入れをしているおばあさんにお会いしました。
これは配達業務ではよくあることで、基本はポストへの投函ですが、お客様がいらっしゃる時は手渡しをすることもあります。
「うちへの配達かい?ご苦労様ね。」
おばあさんはそんな労いの言葉をかけてくださり、利用者の方も軽く会釈をしてDM便を渡して、そのお宅への配達を終えました。
私としても、何の問題もなく円滑に配達できたように思いましたが、おばあさんは手話で表してくれたわけではないので、一応手話で伝えてみました。
私「今のおばあちゃん、ご苦労様って言ってましたよ。」
利用者「えぇ!そうなの!?初めて知った!」
私「初めて知ったんですか!?」
驚きのあまり思わず聞き返してしまいました。その方はもう何年も配達業務をされていますが、お客様が「ご苦労様」と言っていたことを今まで知らなかったそうです。
確かに、聴者にとってお客様の「ありがとう」「ご苦労様」という声を受け取るのは当たり前のことですが、ろう者にはその声が届かないのです。
さらに、コロナ禍でマスクを着用するようになるとお客様の口元も隠れるため、話しているかどうかさえも判断が難しくなります。
これは私もつくづく実感することですが、配達業務において、お客様の労いの言葉は心の支えになりますし、それが醍醐味でもあると思います。
その言葉を受け取ることができない・気付くことができないこと、これが配達業務における「聴こえない」ということだと痛感しました。
話は戻りますが、お客様の言葉を受け取った利用者の方は私に、
「教えてくれてありがとう。」
と言ってくださいました。
手話で「ご苦労様」と表すことにより、今まで受け取れていなかった「ご苦労様」の言葉がこのろう者へ届いたのです。
聴覚情報(音声、環境音など)をろう者へ届ける。この役割は「手話ができる聴者」が担える役割であり、にいまーるの職員としても意識をしていく必要があると思います。
配達業務の「聴こえない」ことについては、お客様の言葉を受け取ることができないことだけではなく、今後さらなる発見があると思います。
もちろん、耳が聴こえないことを伝え、視覚的にわかる方法(手話・筆談など)で伝えてもらうことができれば、その言葉も受け取ることができます。
耳が聴こえないことをどう伝えるか、その後どうコミュニケーションを取るかなど、手楽来家の配送部は今後も模索し続けます。
そして配達業務だけではなく、日常の中で「聴こえない」ことがどういうことなのかを、にいまーるは考え続けていきます。
この記事を読んでくださった方も、聴こえる・聴こえないに関わらず、「聴こえない」ことについて一緒に考えていただければ幸いです。
運営:NPO法人にいまーる
HP:http://niimaru.or.jp/
著:谷上樹(就労継続支援B型手楽来家・職業指導員)