#33 「交渉」のテーブルから考えたはなし
NPO法人にいまーるの理事・臼井です。
にいまーるは、障害福祉サービス事業を中心に手話普及活動も行なっている団体であり、ろう者と聴者が一緒に働く職場です。
障害福祉サービスの利用者は全員耳が聴こえません。
しかし、スタッフの比率は、ろう者2割:聴者8割と、聴者が多いので、双方の文化の違いが垣間見え、時には食い違うことも多々あります。
そんな職場から生まれ出る、聴者とろう者が共に仕事をする中での気づきを連載していきます。
今回は、「交渉」をキーワードに、支援の現場での気付きを書いていきます。
「本人確認をしたいので、本人に代わってください」
「後で電話します」
「前例がありません」
社会生活を送っているろう者なら、一度は言われたことがある【決まり文句TOP10】に入ります。
特に「前例がありません」という言葉は日本人が好んで使う表現でもあり、断り文句としても非常に便利ですね。
その度、ろう者は周囲への相談や情報収集をしながら交渉のテーブルにつきます。
確かに交渉スキルは身につくものの、それに使われるエネルギーは相当なもので野球の延長試合をやり切ったような疲労感に襲われることもあります(野球したことないですが)。
例えば、大学で授業を受ける際、情報保障の仕組みが整っていない大学であれば、自ら必要なサポートを受けるために交渉を始めます。一緒に行動を起こしてくれる人や理解のある方が大学内にいれば、在学中に情報保障を受けながら、聴者と同じ講義室で授業を受けることができます。
その後、会社に入る時にも自らの障害について理解を得られるよう周囲に説明したり、上司に合理的配慮を求める交渉を行なったりすることでコストパフォーマンスを意識した働き方を作り出せるようになります。
人は誰でも人生のステージが変わるたび、環境に適応するために自ら努力をしていかなければいけない部分がありますが、ろう者はそれに加えて「交渉をする」作業が加わります。
聴者と同じスタートラインに立たせてもらえないという理不尽な立場に置かれないようにするために交渉を行うという意味では、欧米のアカデミアで自分の価値を給与に反映すべく交渉を行うのと似ているかもしれませんね。
一方で、交渉を行なうどころか、意思決定の機会さえ与えられないまま、生きてきたろう者もいます。
にいまーるで就労支援と生活支援の事業を行なっていると話すと、
「ろう者で一人暮らしできない人、いるの?」
「ろう者なのに支援が必要な人、いるの?」
「ろう者って、耳が聴こえないだけで、身体は動かせるんだから問題ないんでしょ?」
と言われるときがあります(なんと、私と同じろう者でさえ!)。
アカデミアの世界だと尚更「自分も含めて周囲にいる、ろう者は自立していて仕事もできる人ばかりなのに、本当にそういう人っているの?」という反応がしばしば見られます。
支援が必要なろう者といえば「ろう重複障害者」であり、聴覚障害以外の障害がない人は自立できているという認識なのかもしれません。
ろう者の持っている障害者手帳には「聴覚障害」とだけ記載されていますが、実際は仕事や対人関係が上手にできなかったり、生きづらさを抱えていたり、または、自分のことを自分で決めることに慣れていない人がいるのが現状です。
果たして、そういった人たちに対しての適切な支援が行き届いているのでしょうか。
意思決定ができないのは、勉強不足ということでは片付けられなく、周囲の関わり方にも大きく左右されます。
生まれた時から耳に入ってくるはずのない「声」を発すること、「声」で話されることを口の形で読み取ることを求められる一方で「代わりに私たちで決めるので何もしなくてよろしい」と言われる。新潟はお水が美味しいから蕎麦を食べたい、という意見を無視されてしまう。
そういう幼少時を過ごしてきた後、社会という大海に放り出されたと思ったら「もういい年なんだから自分で決めなさいよ」と意思決定を求められる。
ろう者にあるあるの数多くのエピソードを聞くたび、自立できている人というのは、どういう人たちのことを指す言葉なのだろうか、と考えずにはいられなくなります。自立している=交渉できるということなのか。そもそも「交渉」のスタートラインに立てていない、今まで自己決定の機会を奪われてきたろう者は自立できないのか...。
「生きづらさ」が少しでも減るコミュニティが増えたらと願って、今日も現場からのお話を書いてみました。
最後に。近年はろう者の活躍が多方面でメディアに取り上げられるようになっています。私も時々読ませていただいているのがこちら。全国各地の様々な分野で活躍しているろう者のインタビューを掲載しているサイトです。
https://co-coco.jp/series/hataraku/
今後も、にいまーるは「生きづらさを一つずつ解消できるコミュニティ」としても存在し続けていきます。
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文:臼井千恵
Twitter:@chie_fukurou
Facebook:@chie.usui.58
編集:横田大輔
Twitter:@chan____dai