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ロングラン 大橋加奈さん《ケアと表現についての事例 第2回》
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《登場人物:大橋加奈さん》
1996年生まれ 。 知的障害・自閉症・強度行動障害 。 2015年4月~よりロングランFステーションに通っている。
お盆に描かれたものをよく見ると、顔の目鼻が描かれずに髪型や服装のみが描かれていているものが多い。特にヘアスタイルに関してはバリエーションが多く、正面だけではなく背面からも描かれている。自身もカチューシャやヘアバンドを使って、髪をセットすることを日々の日課として楽しんでいる。
言葉でのコミュニケーションは単語を通して行っているが、大橋さんから描いたものに対しての説明はなく、登場する女の子や文字の詳細については、周りの人もわからないことが多い。
《登場人物:石塚瑠美さん》
(漫画ではお一人として描いていますが、複数の支援員のエピソードを重ねて描いています。)
支援員:横山瑠美さん
職員がいない隙にこっそりと、作業用のおぼんに描く大橋さんの表現に魅力を感じていた。大橋さんの絵は原宿っぽい可愛さとレトロ感があり、自分と同じ世代の若い人たちに見てほしいなと思い、2019年の上越アール・ブリュット公募展に作品を応募した。
横山さんへの質問:大橋さんとの間で印象的だったやりとりはありましたか。
A「私が1年目の時です。加奈さん大きい声が出るし、ばんばんしたりするので、正直怖いなっていう時期もあったのですが、何度か関わる中で加奈さんにも慣れてきて。慣れてきたときに、髪を切って出社した時に「横山さん髪チョキチョキした」って言ってくれて。それがすごく、ああそんな見てくれてるんだって。ちょっと嬉しくなったって言うのはあります。」
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支援員:石塚 紀子さん
支援員としての経験が長く、大橋さんはじめ利用者さんの行動をよく観察し、気持ちを推測している。NASCが企画した研修等への参加経験も多く、利用者さんの表現行為へのまなざしを持ちあわせ、且つ施設職員へそれを伝えようと奮闘中。
以前大橋さんが施設のホワイトボードに名前入りで職員の似顔絵を描いた際、数名の職員の中で石塚さんのみが敬称なしで描かれていた。「石塚さんと大橋さんの関係は特別です。」と周りの職員は話す。
石塚さんへの質問:大橋さんの絵を描く表現と、自身を叩いたりする行動には関係があるのでしょうか。
A「吸収はいいんだけども吐き出しが・・・。嫌なことは忘れていってくれたらいいんですけど、きっとこうやって描くと、描いている内容のその近辺の記憶が思い出されてしまって、急に(大きな声を出したり、膝や頭をたたいたり)。」
「(大橋さんの描いた大量の絵を眺めながら)ほんと、頭の中どうなっているのか、覗いてみたいですよね」
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支援員:本間洋子さん
ロングランの創作活動班の支援員。大橋さんのほか、多様な表現活動を行うメンバーの支援に関わる。大橋さんが作り残していった、糸くずやボンドのカケラなどを大切に集めている。
本間さんへの質問:大橋さんの自傷行為をどのように捉えていますか?
A「記憶のフラッシュバックは障害あるなしに関わらず誰にでもありますよね。私も生活の中で急に昔のことが思い出されて「あっ!」ってなることがあるんですよ。たまたま加奈さんはそこでの感情の揺れが大きくて、自分を叩いたり大きな声をだしたり、絵を描くことになっているのではないかと思うんです。」
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創作活動の取り組み方について
ロングラン(柏崎市)は日中活動として造形活動を取り入れている福祉施設です。週に2回程度造形活動のプログラムがあり、その時は大橋さんを始め絵を描く利用者さんが数名います。2019年の公募展へ応募された際に私たちが調査訪問した際は、大橋さんは大きな作業部屋の一角に、集中しやすいようにパーティションで区切られた一人用の机を置き、そこで作業していました。
現在は他の利用者さんとの相性の関係から個室に移り、作品制作や作業を続けています。絵を描く画材として、絵の具に挑戦してもらったこともありましたが、色を混ぜる工程だけがただ面白くて時間がすぎてしまったり、混ぜて出来上がった色が次にやったときに再現できないことに怒ってしまうことが続いたため、最初に描いていたボールペンやサインペンに戻りました。好きなものを描くだけでなく、支援員が用意した動物などの画像を見て描くことにも取り組んでいます。
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調査員あとがき
大橋さんがどういう時に声を出したり、自分を叩いたりするのか、とにかく観察し続け分析する支援員の石塚さんたち。大橋さんが頭を叩いたり、膝を叩くのも身体に影響がありそうな時以外は見守ります。今回の訪問調査の中でも、大橋さんから大きな声で「しずかにしてください」など、記憶のフラッシュバックからか、過去に人に言われた言葉を声に出すことがありました。石塚さんは大橋さんの翻訳者としてではなく、わからないという視点から話される姿勢が印象的でした。
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