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『家族の風景』 -山岸かおるさん

NASCでは障がいを持っている方の表現活動についての相談を随時受け付けています。2023年の7月、新潟市の福祉施設十字園の職員さんから相談がありました。「壁に画を描く利用者さんがいる。その方が別の施設に移るにあたって、壁を張り替えることになりそうなので、その前に見てなにか残しておきたい」という内容でした。相談を受けて私たちは、福祉施設に伺って撮影した作品や、作者さん・職員さんたちに伺ったお話を記事として残すことにしました。

1.『家族の風景』

雑然と様々な色で書かれた直線や曲線が朝日に照らされて、まるで異世界の色彩のように十字園の廊下を彩っている。
 色彩を紡ぎだした彼女は、今十字園に住んでいる。姉と一緒に。十字園に来る前は、父と姉と彼女の3人暮らしであった。ある日、庭の手入れをしていた父が倒れ、帰らぬ人となった。状況を理解出来ない姉と彼女は布団に横たわった物言わぬ父の横でいつまでも座り続けていたそうだ。
 父は、知的障がいのある姉妹の手をひいて、夕暮れの自宅周辺をよく散歩したそうだ。夕日の色、町の建物、父の顔、姉の顔、家族3人で過ごした日々は、本人の中で今も色褪せていないのだろう。
 何も分からない自分はただの落書きと思い、壁紙の修繕を考えていた。彼女と時間を多く過ごし、心通わせている職員が教えてくれた。これは、彼女が住んでいた街の絵で、父の車、住んでいた街並み、職員の顔、姉の顔 全てに意味があり、彼女が...歩んできた想い出なのだと。
様々な色で描かれたのは異世界ではなく、彼女の歩んできた人生で現実世界。明瞭な発語は難しい、記憶も時系列とは言い難い、だが、十字園の廊下には、確かにそこにあった家族の暮らしが描かれているのである

(相談内容と共に、職員の南波さんから送られてきた作品の紹介文)

【お話を聞いた方】
◆山岸かおるさん(作者)
1966年生まれ。2018年に十字園に入所し、2020年ごろから壁に画を描き始める。
◆山岸はじめさん:かおるさんのお姉さん。共に十字園で過ごしている。

◆南波龍太さん:作品のことをNASCに相談した職員さん
◆高橋保江さん:作者の山岸さんと一番つきあいが長い職員さん
◆渡辺友和子さん:現在の山岸さんの担当職員さん。

 【聞き手】角地智史 井上有紀 (NASC)

 利用者さんたちが外出する際に通るなだらかなスロープの廊下。その壁一面に色とりどりの線や模様が描かれています。スロープに沿って何本も虹のような線がつづいていたり、丸や点、ぐるぐるとぬりつぶすような絵があったり。高い窓からはまぶしい日差しが入り込み、絵たちを照らしていました。

色鉛筆を持って壁に絵を描く山岸さん。背の届かないところも精一杯、背伸びして諦めずに描くとのこと。

職員の高橋さんによると、作者の山岸かおるさんはこの廊下で、時折言葉を発しながら絵を描かれているとのこと。よく聞いてみると、徐々に昔家族で暮らしていた町にあったものや身の回りのものを描いているのだと分かってきたそうです。「実は・・・」と見せてくれた寝室の壁もカラフルな色で埋まっていました。施設の壁もドアもキャンバスのように彩られています。

私たちは廊下に大きく描かれた絵を見せていただいた後、作品への想いや経緯について伺いました。

山岸さん姉妹の自室

2.家族と暮らした記憶を描く

Q 壁に絵をかきだすまでの経緯を教えていただけますか。
 
高橋さん:お父さんが亡くなったことで十字園に暮らすようになった2人なんですが、最初は作業場や自分の部屋で紙に絵を描いていて、職員にあげたりしていました。そこからコロナ期間に濃厚接触者になって別の部屋にいた時に、退屈だったのか自由だったのか、急に壁一面に描きだしたんです。
ここに描いちゃだめだよって言っても伝わらなくて。自分が「描きたい」と思ったところに描いてしまうので、代わりにボードを買ったんですが、書き心地が悪かったのか描いてくれませんでした。止められなかったというか、消すこともできないくらい広がっていきました。
 

Q 家族の風景を描いていることについて教えてください。
 
高橋さん:最初は何を描いているのか全然わからなかったのですが、お父さんが亡くなってすぐ、お家を見たいというので、お姉さんと一緒に家を見に行ったことがあって。その時に停まっていた青い車をかおるさんがずーっと触っていたんですね。その事があって、描いていた青い絵が「お父さんの車」だとわかったんです。もう一度、家を見に行った時には、もう車は無くなってしまっていました。「さんちょうめ!」と言われながら描いていた絵は、おねえさんが、3丁目に住んでいたと教えてくれて、初めて分かりました。
 
南波さん:お父さんが二人を青い車に乗せて、そこの作業所に通っていた姿を見ていたこともあって。3人ですごく楽しかったんだろうな、お父さんに可愛がられて暮らしてきたんだろうなと。

お父さんの車の絵と写真。家族に関する写真は肌身離さずに持っている。
一枚でも足りないと「ない!ない!」と職員さんに強く訴えるという。


Q 普段、山岸さんはどのように意思表示をされるんですか。
 
高橋さん:基本的には言葉ですね。聞いたら教えてくれるのを聞き取って。あとは、お姉さんは分かっているので教えてくれることもあります。
 
「かおるさん、これおはな?」
「いいんだって!」
「これはなに?・・・・・・聞こえました?3丁目って言いました。かおるさんこれなに?」
「ようちえんだて!」
 
あと、腕にカラフルな糸を巻いているんですが、これは職員が巻いてあげています。どの色がほしい?というのは壁の色を指さしたりなんかして聞いたり・・・でも関わりが少ない職員は分からないかもしれないですね。私もはじめは分からなかったですし。

3.想像して、受けとめる

Q お仕事をしていて、「想像力」が必要な時ってありますか?それはどんな時でしょうか。
 
高橋さん: ありますよ、しょっちゅう。(利用者さんの行動が)私からしたらどうしてこんなことするんだろう?と思うけど理由を教えてくれない時。あるいはまわりに影響があったりそのままにしたら体調を崩したりしそうなとき。そんなときすごく考えます。十字園の利用者さんは言葉でコミュニケーションがとれない方も多いのですが、その方なりに表現をしていると思うので、かおるさんの絵のときのように、逃さずキャッチできるように・・・時間はかかりますけど、私はあきらめたくないなと思います。
 
渡邉さん:私はまだ3年目なんですが、今のその人だけを見るのではなく、以前はどうだったのかを職員さんに聞いて、こういう歴史があるんだというのを知るようにしています。前はやっていたけど今はやらない、前はやらなかったけど今はやる、など聞いていくとちゃんと理由や背景があったりするんですよね。表現方法は人によって違うし言葉で言える人もいれば言えない人もいるので、毎日のちょっとした変化を逃さないようにしたいなと思っています。

Q改めて、今回相談をしようと思った理由を教えてもらえますか?
 
南波さん:自分も最初はただの落書きだと思って修繕を考えていました。でも、高橋さんから背景を聞く中で、生きてきた中で大事な記憶を絵にしていることや、絵が山岸さんなりのコミュニケーションとなっていることが分かり、全然違って見えるようになりました。自分はお父さんが亡くなられた経緯も聞いていたので、ますます絵を通して人生が見えるような気がして。それって素晴らしいことだし、消したくない、他の人にも知ってもらいたいと思ったんですね。

4.写真の記録

最後に、十字園で撮影した山岸かおるさんの作品写真を掲載します。

そのほかの写真はこちらから見られます。


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