interview 猪俣武さん
2023年6月。阿賀野市で活動する作り手の猪俣武(いのまたたけし)さんのご自宅に伺い、インタビューをしました。猪俣さんは、2022年の新潟県障害芸術文化祭にてアールブリュット賞を受賞した作家さんです。詩的な作品がどのように生まれたのか、お話を聞くのを楽しみに伺いました。
「花さし」
少し開いた傘と、そこに添えられたスプーンの作品。傘とスプーンの組み合わせが何を意味するのか、タイトルの「花さし」とはなにか……いくつか疑問が湧くものの、傘の色や露先の丸さになんともいえない愛らしさがあり、思わず惹かれて見入ってしまう作品です。作品の紹介文もどこか文学的で、想像が膨らむものでした。こちらの作品について、猪俣さんに伺いました。
「年に一回作品をつくるんですが、この年は非常に悩んだ年でしてね。全くアイデアが浮かんでこない。それでね、私はいつもの近所のセブンイレブンにコーヒーを買いに出た日があって。日課なんだよね。そしたら雨がぽつぽつと降ってきていたから、玄関にあった傘をさして出たんだけど、どうもいつもの傘と違う。傘のヘリからカラカラと音がして、雨が落ちるところになにか丸いのがついている。どうも女房の使っていた日傘だ、これさしちゃいけねえな、と思って家に戻ったんです。それで、傘立てにその傘をストンと刺したんです。その時に作品のアイデアが閃きました。」
半分開いた傘がV字になって傘立てに刺さっている様子が、花を挿す「花立て」になるんじゃないかと思ったところから、この作品が完成したそうです。実はスプーンは全く別の作品だったそうで、社会福祉協議会の方が中に入れて出品したためセットのようになったと言います。
「私はあのね、ヨーグルトをよく食べるんですよ。それで、先が丸いスプーンは最後まできれいに一回でとれないから、あまった土で先が四角いスプーンをつくろうと思ったんですよ」
猪俣さんの発想の豊かさに加えて、いくつも偶然が重なってできた作品ということがインタビューを通して見えてきました。今は亡きご家族のことを思い出すような作品でもあるんだな、と作品を見る目も変わりました。
陶芸の活動について
猪俣さんは49歳で盲学校に入学し、その後自宅で鍼灸師として仕事をするかたわら、10年ほど前から、社会福祉協議会が視覚障害者の方を対象に行っている陶芸活動に参加してきました。活動は年に一回。他の方がコップや食器など実用的なものをつくる中、猪俣さんは実用的ではないものをつくることが多いそうです。
「他の仲間はね、私より少し目が見えるんですよ。側溝にはまらないで歩けるくらいに。そうすると、見えるものから考えるし、同じものをつくりやすいから、茶碗とかそういうものになる。私は、同じものをつくれないし、見えているものからではなく、自分の小さな体の中で考えたものを出そうとして、こういうオリジナルのものになる」
猪俣さんはアールブリュット賞を受賞した「花さし」以外にも、これまでの作品を見せてくれました。
消防団の団員だった叔父がよく履いていた半長靴(はんちょうか)と呼ばれるブーツを、花さしに見立てた「花靴(かか)」や、横長の竹をイメージした花器、お菓子が入れられる器、穴があいていないコーヒーカップ、パンのような箸置きなど、どれもつくるまでのエピソードがあり、他にはない味のあるものばかり。
猪俣さんの趣味とこれまでのこと
最後に、趣味や仕事、これまでのことについてお聞きしました。
「阿賀町でカラオケスナックを経営したこともあったんだよ。昔バンドをやっていたから、歌うのは大好き。いくつもカラオケ大会で優勝したから、トロフィーもあるよ。家庭菜園もやっていて、花や植物も好き。
目が見えなくなったばかりの時は、いろんなところを触って覚えた。一気に悪くなったわけじゃなくて、最初は道路の白線なんかは見えていたからね。あまり怖がらない性格だったのもあって。」
「目が見えないから、聴覚や触覚が発達するようになるね。鍼灸師という商売柄もあるけど、さわるとだいたいどこが痛いのか分かるよ。」
NASC:ご自身で書いた作品紹介文、情緒があってとても素敵だったのですが、小説や文学にも興味はあるんですか?
「本は読みますよ。最近は俳句に凝っていてね。季語が覚えきれないから、ダウンロードしてこの機械(CDプレイヤー)に入れています。自分でつくった俳句はバインダーにとっておいて、ラジオに投稿したりなんかもしていますよ。まだ読まれたことはないけどね。」
自身のこと「物怖じしないでいろんなことをやる」と言われる猪俣さん。インタビューを通して、陶芸だけではなくカラオケや俳句も嗜まれる、多彩な暮らしが見えてきました。猪俣さんの作品は新潟県障がい者芸術文化祭などで出品されることもありますので、そういった機会に作品の魅力にもぜひ触れてみてください。
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