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内田也哉子さん「空っぽの心に一筋の光」 谷川俊太郎さんがくれた

 13にちくなった詩人しじん谷川俊太郎たにかわしゅんたろうさんは、様々さまざま表現者ひょうげんしゃ交友こうゆうがあった。イベントや雑誌ざっし企画きかくでたびたび言葉ことばわしてきた文筆家ぶんぴつか内田也哉子うちだややこさんは、両親りょうしんくした直後ちょくごった谷川たにかわさんが、からっぽのこころに「一筋ひとすじひかり」をもたらしてくれたとはなします。
     ◇
 おさなころ谷川たにかわさんが翻訳ほんやくした絵本えほん「ジョゼットかべをあけてみみであるく」をぼろぼろになるまでみ、日本語にほんごうつくしさをはじめてかんじました。この体験たいけんが、しずかに、るぎない影響えいきょうわたしおよぼしつづけています。
 新聞しんぶん企画きかくはじめておいした20代前半以降だいぜんはんいこう数年すうねんおきに対談たいだん機会きかいめぐまれました。わたしにとって谷川たにかわさんは、自然しぜん一部いちぶのような、化身けしんのような、言葉ことばではあらわせないおおきな存在そんざいでした。
 両親りょうしんくした直後ちょくごの6ねんほどまえ対談たいだんのためにご自宅じたくうかがったことがあります。谷川たにかわさんはいつくしみにあふれたまなざしでポツリポツリと言葉ことばし、かえりがけ、「これからなにがしたいの?」と究極的きゅうきょくてきいかけをしてくださいました。両親りょうしんくし、ようやく1人ひとりの人間になったのだと、はっとしました。「そろそろ人のためになることをしなくては」とこたえると、谷川さんは映画えいが「ギルバート・グレイプ」の一場面いちばめんを思い出したといい、主人公の「I want to be a good person(ぼくはいい人間にんげんになりたい)」という言葉ことば紹介しょうかいしてくれました。そして「おおきな視野しやちいさなことをするということなんだな」とおっしゃった。まえの小さなかさねが大切たいせつだとはなしてくれたんですね。わたしからっぽで、このさきどこにかえばいいのかもやがかかったようなこころだったのですが、一筋ひとすじ光がひかりんだようなおもいがしました。
 谷川さんはこのとき、「がないと、きることが完結かんけつしない。死んだあとたのしみだ」ともおっしゃっていました。はは俳優はいゆう樹木希林きききりんさん)は生前せいぜんから、「いま時代じだいかくす。病院びょういん日常にちじょうではない場所ばしょでの死ばかり。どもや若者わかものは死を自然しぜんなこととしてめきれないのではないか」とかんがえて、ひとくなったときにはおさない私をお通夜つうやれてき、「自分じぶんかんじて記憶きおくにとどめなさい」といました。表現ひょうげんちがうけれど、2人ふたりのいわんとすることはつうじている。こわいものだととらえられがちですが、わたしは、死とは「存在そんざい普遍化ふへんか」だと思います。いつでもこころのなかでつながることができ、身近みじか存在そんざいだとかんじられる。そのことを谷川たにさんはしめしてくれたのではないかともおもいます。
      (後略)
                                    (2024年11月20日朝日新聞 聞き手・真田香菜子)
 
 


〈ことば〉
交友…友人ゆうじんとしてつきあうこと。
及ぼす…作用さよう影響えいきょうなどがあるところや範囲はんいたっする。
化身…ひとでないものが人の姿すがたあらわれること。
伺う…「行く」の謙譲語けんじょうご(相手あいてたいして自分じぶんげて言葉)ことば
慈しみ…よわ立場たちばものを、愛情あいじょうって大切たいせつにすること。
究極…ものごとをつきつめて、最後さいご到達とうたつするところ。
もや…大気中たいちゅうけこんだ水分すいぶんとおくがかすんで見えること。
通夜…死者ししゃほうむまえ親類縁者しんるいえんじゃあつまり、ともに一夜いちやごして冥福めいふくいの
   こと。
いわんとする…おうとする


 


1 両親りょうしんくした直後ちょくご谷川たにかわさんにった内田うちださんは、かれ言葉ことばづき、
 安心あんしんしたことがあります。それはなんですか。つぎの( )に、てきする言葉を
 入れなさい。
 ・ようやく1人の( ① )になったのだとづき、( ② )が大切たいせつだと言わ
  れて、これからの方向性ほうこうせいが見えた。
2「死」について谷川さん、樹木さん、そして内田さんはどうかんがえていまし
 たか。考えてみよう。
  ・谷川さん
  ・樹木さん
  ・内田さん
3「~化」は「~になる/すること」です。「存在そんざい普遍化ふへんか」は「存在――
 ここでは、現実げんじつにいる人」を「普遍――どこにでもにいる状態」にな
 る/することです。具体的ぐたいてき説明せつめいすると、どういうことですか。
 文中ぶんちゅうからさがしてみよう。


*もう一度読んでみよう。

 13日に亡くなった詩人の谷川俊太郎さんは、様々な表現者と交友があった。イベントや雑誌の企画でたびたび言葉を交わしてきた文筆家の内田也哉子さんは、両親を亡くした直後に会った谷川さんが、空っぽの心に「一筋の光」をもたらしてくれたと話します。
     ◇
 幼い頃、谷川さんが翻訳した絵本「ジョゼットかべをあけてみみであるく」をぼろぼろになるまで読み、日本語の美しさを初めて感じました。この体験が、静かに、揺るぎない影響を私に及ぼし続けています。
 新聞の企画で初めてお会いした20代前半以降、数年おきに対談の機会に恵まれました。私にとって谷川さんは、自然の一部のような、化身のような、言葉では言い表せない大きな存在でした。
 両親を亡くした直後の6年ほど前、対談のためにご自宅に伺ったことがあります。谷川さんは慈しみにあふれたまなざしでポツリポツリと言葉を発し、帰りがけ、「これから何がしたいの?」と究極的な問いかけをして下さいました。両親を亡くし、ようやく1人の人間になったのだと、はっとしました。「そろそろ人のためになることをしなくては」と答えると、谷川さんは映画「ギルバート・グレイプ」の一場面を思い出したといい、主人公の「I want to be a good person(僕はいい人間になりたい)」という言葉を紹介してくれました。そして「大きな視野で小さなことをするということなんだな」とおっしゃった。目の前の小さな積み重ねが大切だと話してくれたんですね。私は空っぽで、この先どこに向かえばいいのかもやがかかったような心だったのですが、一筋の光が差し込んだような思いがしました。
 谷川さんはこの時、「死がないと、生きることが完結しない。死んだ後が楽しみだ」ともおっしゃっていました。母(俳優の故・樹木希林さん)は生前から、「今の時代は死を隠す。病院や日常ではない場所での死ばかり。子どもや若者は死を自然なこととして受け止めきれないのではないか」と考えて、人が亡くなったときには幼い私をお通夜に連れて行き、「自分で感じて記憶にとどめなさい」と言いました。表現は違うけれど、2人のいわんとすることは通じている。死は怖いものだと捉えられがちですが、私は、死とは「存在の普遍化」だと思います。いつでも心のなかでつながることができ、身近な存在だと感じられる。そのことを谷川さんは示してくれたのではないかとも思います。
 
 


〈こたえ〉
1 ①人間    ②目の前の小さな積み重ね
2 ・谷川さん…死が、生きることを完結させる。
 ・樹木さん…死は自然なこと。
 ・内田さん…存在の普遍化。
3 人が死んでいなくなっても、いつでも心のなかでつながることができ、
 身近な存在だと感じられること。



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