法人の信用を毀損した場合の無形損害の賠償
1 従業員、取引先、ライバル企業、マスコミ等によって企業の経済的な信用を毀損する行為が行われた場合、具体的な損害の証明がない場合であっても、民法上の不法行為(民法709条、710条)に基づき、信用毀損による無形損害の賠償が認められるか否かが問題となる。
2⑴ まず、最高裁昭和39年1月28日判決(民集18巻1号136頁)は、「民法七一〇条は、財産以外の損害に対しても、其賠償を為すことを要すと規定するだけで、その損害の内容を限定してはいない。すなわち、その文面は判示のようにいわゆる慰藉料を支払うことによつて、和らげられる精神上の苦痛だけを意味するものとは受けとり得ず、むしろすべての無形の損害を意味するものと読みとるべきである。従つて右法条を根拠として判示のように無形の損害即精神上の苦痛と解し、延いて法人には精神がないから、無形の損害はあり得ず、有形の損害すなわち財産上の損害に対する賠償以外に法人の名誉侵害の場合において民法七二三条による特別な方法が認められている外、何等の救済手段も認められていないものと論詰するのは全くの謬見だと云わなければならない。」とし、「法人の名誉権侵害の場合は金銭評価の可能な無形の損害の発生すること必ずしも絶無ではなく、そのような損害は加害者をして金銭でもつて賠償させるのを社会観念上至当とすべきであり、この場合は民法七二三条に被害者救済の格段な方法が規定されているとの故をもつて、金銭賠償を否定することはできないということに帰結する。」と判示した。
つまり、判例は、法人の名誉権が侵害され、無形の損害が生じた場合には、民法710条の適用があるとしている。
⑵ なお、信用毀損は、名誉毀損と全く同義とは解されておらず、「企業等の経済的な経済的な信用を毀損する行為は、競争企業、新聞、雑誌、テレビ、官公庁、企業等の経営者、従業員、株主、取引先、反社会的勢力団体等から行われますが、営業権の侵害、営業利益の侵害の側面を強くもつ反面、侵害者の動機、目的、表現の自由との関連性の内容・程度を考慮すると、名誉毀損より緩和された要件の下で信用毀損を認めることが相当であると考えられます。」(升田純「名誉毀損・信用毀損の法律相談」12頁)とする見解もある。
3 また、最近の裁判例においても、法人の信用毀損による無形の損害を認めたものは、以下のような例を始めとしていくつも存在する。
① 営利企業である内容虚偽の決算書類を、原告の取引先銀行に交付するという悪質な行為によって、原告の信用が相当程度毀損されたことは明らかであり、本件不法行為によって原告が被った無形損害として30万円の損害を認めた事案(東京地裁令和2年1月30日判決)
② 原告の製品の一部が被告の実用新案権を侵害しているにすぎないにもかかわらず、その他の原告製品のすべてについて被告の実用新案権を侵害する旨の虚偽の告知を複数の取引先(3社)に対して行った事案において、原告の信用が毀損されたことにより無形損害が生じたものとして150万円の賠償を認めた事案(東京地裁令和2年3月6日判決)、
③ 被告が原告ら(いずれも法人)の不法行為に該当する動画を投稿した事案について、社会的評価を低下させられたものであり、これによって無形の損害を被ったと認められるとして、60万円又は30万円の損害額を認めた事案(東京地裁令和4年1月21日判決)、
④ 原告の信用を害するような告知行為によって、信用毀損による無形損害が発生したものとして、80万円の損害額を認めた事案(東京地裁令和4年6月23日判決)、
⑤ 悪質性のある告知行為を行った被告について、その内容、送付した取引先の数、取引を停止した取引先の数、その後の原告の取引先に対する対応その他の本件に現れた一切の事情を総合考慮して、本件告知行為により原告の営業上の信用が毀損されたと認定し、無形損害の額として100万円を認めた事案(東京地裁令和4年10月28日判決)
⑥ 企業の有する預金債権に対してなされた不当な差押えについて、原告に一時的にせよ、被告の謝罪等によっては回復し得ない信用毀損ないし信用失墜が生じたことは否定し難いというべきとし、金50万円の損害を認めた事案(東京地裁平成20年5月28日判決)
【執筆者:弁護士山口明】