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原状回復工事を実施しない場合の費用負担

1 賃借人が借家契約の終了に伴い原状回復費用を支払ったものの、賃貸人がその後、原状回復工事を実施しないまま、当該建物を第三者に売却した場合又は第三者に賃貸した場合、賃借人は、支払い済みの原状回復費用を返還するように求めることができるか。

2 下級審の裁判例では、賃借人は賃貸人がその主張する補修工事をしないまま次の賃借人に賃貸しているため、その場合に原状回復は不要であったはずなどと主張した事案で、原状回復費用は、明渡し時の状態において客観的に算定されるものであり、その後貸主が実際に補修工事を行うかどうかは、算定された原状回復費用に影響を及ぼさない旨を判示したものがある。

3⑴ 確かに、「賃借人が原状回復義務を履行しないときは、債務不履行による損害賠償責任を負う(最判平17・3・10判時1895号60頁〔賃借地に不法投棄した産業廃棄物の撤去義務を原状回復義務として認め、その違反による損害賠償責任の可能性を肯定〕)。」(中田裕康・契約法新版406頁)とされ、債務不履行による損害賠償責任は、金銭賠償で行われるのが原則である。そのため、賃借人は、賃貸借契約に原状回復義務の定めがある場合に賃貸借が終了したときは、賃借物に生じた損傷を原状に回復する義務を負っているため、この損傷を回復せずに明け渡した場合には、その時点で原状回復費用について金銭賠償する責任が発生することになる。
⑵ なお、同様の問題は、交通事故で自動車が損傷した場合に、現在も修理を実施していない時点で賠償金を請求したという事例でも発生する。この事例において、大阪地判平成10年2月24日判決は、「被告らは、原告車両は現在においても修理がされておらず、今後も修理する可能性はないから、損害賠償の対象とすべきでないと主張するが、原告車両が本件事故によって現実に損傷を受けているものである以上、これによる損害は既に発生しているものというべきであり、右主張は採用できない。」と判示している。
  また、神戸地判平成28年10月26日判決も、「原告所有の事故車両〔大型貨物自動車〕の修理費用請求に対する被告の車両修理費領収書の提出がないとの主張に対し、共済作成の証拠から損傷の修理費用451万4400円を要することが認められ、車両修理費の領収書が提出されていないとしても、現実に損傷を受けている以上、損害が発生していることは明らかであるから、被告の指摘は上記判断を左右しない」と判示している。
  そのため、交通事故の分野においても、自動車の損傷に係る賠償金を請求する際に、実際に修理をしている必要はないものと解されている。
【執筆者 弁護士山口 明】

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