契約不適合責任と修繕の範囲

1 売買及び請負契約において、契約不適合責任が認められたとして、その修繕の範囲はどこまでか、その範囲については一義的には明らかではないと考えられる。この点につき、参考となる裁判例を挙げて、検討する。

2⑴ 大阪地判R3.1.14(以下「本判決」という。)は、土地の売買契約に関して、買主(原告)が売主(被告)に対して、土壌汚染対策法に基づく規制の対象となるヒ素及び鉛が溶出量基準値を超えて存在していたとして、売買契約の瑕疵担保責任に基づき、原告自らが実施した汚染土壌部分の掘削除去費用等についての損害賠償請求等をした事案である。

   この事案では、土壌にヒ素及び鉛が含まれていることが、改正前民法570条の「隠れた瑕疵」に該当すると認定する一方で、原告が実施した汚染土壌部分の掘削除去費用は、当該瑕疵と相当因果関係を有するとは言えないと判断した。
 
 ⑵ 本判決では、相当因果関係を有するとは言えないと判断した理由として、次のとおり述べる。

   「本件土地において、鉛及び砒素による汚染に起因する地下水汚染が生じていたことを認めるに足りる証拠はないし、本件土地の周辺に飲用井戸の存在は認められなかったから、本件土地につき、地下水の摂取による健康被害が生ずるおそれはなかったと認められる。
   そうすると、原告が要措置区域の指定を回避するために本件土地につき土壌溶出量基準に適合しない土壌を掘削除去しなければならない状況にあったとは認められない。」

   「土壌汚染対策法6条に基づく汚染の除去等の措置は、国民の健康を保護するための最低限度のものであるから、原告が同法により土壌の汚染の除去等の措置が義務付けられない場合であっても、本件土地における土壌汚染対策として掘削除去を採用することが社会通念上必要かつ相当であると認められる場合には、損害に含まれると解する余地がある。
 (略)
   本件土地の周辺に飲用井戸の存在は認められず、本件土地につき地下水の摂取による健康被害が生ずるおそれはなかったから、原告が掘削除去を採用したことは、同法の改正の趣旨に適合するものとはいえない。また、仮に原告が本件土地につき何らかの汚染の除去等の措置をすべき状況にあったとしても、本件全証拠によっても、本件土地の土壌汚染対策として、地下水の水質調査や地下水汚染の拡大防止、原位置封じ込め、盛土、舗装等の掘削除去以外の有効な方法が存在しなかったことを認めるに足りない。費用の点についてみると、平成20年当時、一般的に、掘削除去に比べて、舗装や封じ込めの方が低廉なコストで施工可能であったことが認められるところ、原告は, O建設から提案を受けた掘削除去を採用するに当たり、掘削除去以外の方法の有無や、掘削除去以外の方法を採用した場合に要する費用との比較検討等をしなかったことが認められる。
   そうすると、原告が本件土地の土壌汚染対策として掘削除去を採用したことが社会通念上相当であるとは認められない。」

   「ー般社団法人土壌環境センターが平成22 年度から平成24年度までの各年度に実施した実態調査によると、要措置区域及び形質変更時要届出区域で実施された措置のうち約6割から7割が掘削除去及び汚染土壌の場外搬出であったことが認められる。これによれば、本件売買契約が締結された当時、要措置区域又は形質変更時要届出区域に指定された土地の所有者の多くが汚染土壌の掘削除去を採用していたことが認められる。
   しかし、土地の所有者が掘削除去を採用した理由は、土壌汚染の態様、健康被害が生ずるおそれの有無等の個別の事情によって異なると考えられるし、掘削除去以外の措置も相当の割合で採用されているから、要措置区域又は形質変更時要届出区域に指定された土地の所有者の多くが汚染土壌の掘削除去を採用したからといって、土地の売買において、買主が土壌汚染の態様や健康被害が生ずるおそれの有無にかかわらず一律に汚染土壌の掘削除去を採用するとの認識が社会において広く共有されていたとは認められない。」

   「原告は、土壌汚染の存在が発覚した後、乙訓保健所との協議を行う中で、何らかの措置を採るよう求められたことに応じ、掘削除去を行ったことが認められる。
   しかし、乙訓保健所は、上記協議の中で、原告に対し、法的な強制はできず、掘削除去等の措置も原告による自主工事であるという前提の下で措置を採るように求めており、継続的な地下水モニタリングという他の方法も伝えている。そうすると、乙訓保健所は、法的な強制力を背景に自主的な掘削除去を要請したとは認められず、原告は、自らの利害得失を判断して掘削除去を選択したものと認められる。
   したがって、原告が乙訓保健所から土壌汚染について何らかの措置を採るよう求められたことは、土壌汚染と掘削除去との相当因果関係を基礎付けるものとはいえない。」

   「原告は、本件売買契約は本件土地に土壌汚染が一切存在しないことが契約内容となっていたことを前提に、汚染土壌の残存による本件土地の経済的価値の低下や、X中学校及びX高等学校のキャンパスとして利用する場合に生徒及び保護者から受ける批判を理由に、掘削除去以外の手法は取りえない旨主張する。
   しかし、(略)学校と同様に多数の者が利用する分譲マンションでも全面的な掘削除去を実施していない事例もある上、本件土地の鉛及び砒素の汚染により人の健康に被害が生じ、又は生ずるおそれがあるとは認められないから、原告主張の上記の事情は、土壌汚染と掘削除去との相当因果関係を基礎付けるものとはいえない。」

4⑴ 以上のとおり、本判決において、掘削除去は、土壌汚染の対処方法として、「必要かつ相当」とは認められず、相当因果関係は認められないと判断されている。この判断自体、相当と考えられる。
   これを踏まえ、修補請求についてみるに、そもそも、改正前民法では、修補請求につき具体的に規定されておらず、改正民法で修補請求が規定されたが、その範囲につき、「売主は、買主に不相当な負担を課するものでないときは、買主が請求した方法と異なる方法による履行の追完をすることができる」とされている(同法562条1項)。
   このように、修補請求の範囲につき、売主に一定の配慮はなされているが、「不相当な負担」の意味は明らかにされていないと言える。
 ⑵ ただし、修補請求の場合とこれに代わる損害賠償請求の範囲が異なるという判断は相当ではないと考えられることから、いずれも同様の範囲にとどまるものと考えられる。
   そのため、修補請求についても、「必要かつ相当」な範囲に限り、認められるものと考えられる。
   請負に関する裁判実務としても、「修補は文字どおり、瑕疵があるものを瑕疵がない状態に補修することをいう。具体的には当該不具合を直せばよい。ただし、瑕疵が構造にわたる場合や大規模な場合には、補修の方法として複数の方法が考えられ、しかも、各手法間において、修補費用が相当異なる場合もある。さらに、いずれの補修方法によるべきかについて専門家の間でも見解が分かれ、訴訟においてこの点が争いとなることが少なくない。この場合には、裁判所が、どれによるのが相当であるのかを決定することになる。」(「建築瑕疵紛争における損害について〔民事実務研究〕 濱本章子:大阪地方裁判所判事、田中敦:大阪国税不服審判所長(元大阪地方裁判所判事)」判例タイムズ1216号・43頁)とされていることが参考になる。

【執筆者:弁護士小室太一】

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