建物所有を目的とする土地の使用貸借の存続期間
1 親が所有する土地の上に、子が二世帯住宅を建築して、当該住宅で親子 が生活している場合、土地の所有者が親、建物の所有者が子という状態である。そのような事例において、親子間で何らの契約書も締結せず、また、土地の利用料も支払っていない場合には、子は、建物を建築して土地を無償で使用収益していることになるため、親子間で、親を貸主とし、子を借主とする建物所有目的の土地使用貸借契約が成立していると解される(民法593条)。このような事例において、どのような場合に土地使用貸借契約が終了するのかが問題となる。
2⑴ 使用貸借契約は、以下のような契約終了の場面を定めている。
① 「当事者が使用貸借の期間を定めなかった場合において、使用及び収益の目的を定めたときは、使用貸借は、借主がその目的に従い使用及び収益を終えることによって終了する」(民法597条2項。改正前の民法では、民法597条2項本文)、
② 「貸主は、前条第二項に規定する場合において、同項の目的に従い借主が使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、契約の解除をすることができる」(民法598条1項。なお、改正前の民法では、「ただし、その使用及び収益を終わる前であっても、使用及び収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は、直ちに返還を請求することができる。」(597条2項但書)と定めていた。)
③ 「使用貸借は、借主の死亡によって終了する」(民法597条3項。改正前の民法では、599条)
⑵ そのため、貸主としては、(ア)借主である子が死亡して、孫が引き続き建物に居住している場合に、土地の使用貸借の終了を請求することができるのか、(イ)親子間で事情の変更が生じた場合において、建物が朽廃する前に、土地の使用貸借の終了を請求することができるのか。
3 まず、借主が死亡した場合に、民法597条3項によって建物所有目的の土地賃貸借契約が終了するか否かについて、東京地裁平成26年12月3日判決は、「民法599条(旧民法。筆者註)が借主の死亡を使用貸借の終了原因としているのは、無償で財物を貸与する使用貸借が、貸主の借主に対する信頼関係に基づく契約関係であり、貸主にとって、借主が誰であるかは特に重要な意味を持つものであり、借主の一身の利益のために貸与をしたとみるのが貸主の通常の意思に合致すると考えられるからであると解される。しかしながら、原告は、親族相互扶助の精神に基づき、弟であるAの必要に応じて、本件建物の所有者であるAに対し、その敷地たる本件土地を無償で貸与したものであることは前説示のとおりであり、Aのみならずその家族である被告らの住居を確保することもまたその目的となっていたものと解されるから、Aの死亡という一事をもって原告とAとの使用貸借契約が当然に終了したものということはできない。」と判示し、民法597条3項(旧民法599条)による使用貸借契約の終了を認めなかった。
また、過去の裁判例においても、建物の所有目的の土地使用貸借においては、当該土地上に建物が建築されて使用されている間は、借主が死亡しても、土地の使用貸借は当然に終了しないとした裁判例(大阪高裁昭和55年1月30日判決、東京地裁昭和56年3月12日判決など)が多数存在する。
4⑴ 次に、民法598条1項(旧民法597条2項但書)に基づき、土地の使用貸借の終了を請求することができるかについては、同じく東京地裁平成26年12月3日判決は、「土地の使用貸借において、民法597条2項ただし書所定の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したかどうかは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊要度など双方の諸事情を比較考慮して判断すべきものであるが(最二小判昭和45年10月16日裁集民101号77頁参照)、本件土地を無償で貸借させるに当たり、原告とAが、Aが本件土地の贈与税を支払えるようになるか否かが明確になるまで本件土地を使用させる旨を合意した事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、前提事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、親族相互扶助の精神に基づき、弟であるAの必要に応じて、本件建物の敷地たる本件土地を無償で貸与し、以後、A及びその家族が本件建物において居住していたことが認められるのに加えて、原告が本件土地の使用を必要とする事情があることを認めるに足りる証拠もないことなどの諸事情を比較考慮すると、Aが50年以上にわたって本件土地を使用していたという年月の経過をもってしても、本件土地の使用貸借について、契約に定めた目的に従い使用及び収益をするのに足りる期間を経過したものということはできない。」と判示して、土地使用貸借の終了を認めなかった。
⑵ しかし他方で、東京地裁平成28年7月14日判決は、「土地の使用貸借において、民法597条2項ただし書所定の使用収益をするのに足りるべき期間が経過したか否かは、経過した年月、土地が無償で貸借されるに至った特殊な事情、その後の当事者間の人的つながり、土地使用の目的、方法、程度、貸主の土地使用を必要とする緊急度など双方の諸事情を比較衡量して判断すべきものであるが、使用貸借に基づく使用開始から長年月が経過し、その後に当事者間の人的つながりが著しく変化したなどの事情が認められる場合、借主に他に居住するところがなく、貸主に土地を使用する必要等特別の事情が生じていないというだけでは、使用収益をするのに足りるべき期間の経過を否定する事情としては不十分というべきである(最高裁昭和45年10月16日第2小法廷判決・集民101号77頁、最高裁平成11年2月25日第1小法廷判決・集民191号391頁参照)。」と判示し、当該事例において、本件使用貸借契約の前提となる当事者間の人的つながりに著しい変化が生じたと認定した上で、諸事情を考慮したとしても、「本件使用貸借契約の当事者間の信頼関係の破壊や人的つながりの著しい変化を否定し、本件土地の使用収益をするのに足りるべき期間の経過を否定する事情としては不十分というべきである。」と判示している。
⑶ また、それ以外の裁判例においても、建物所有目的の使用貸借においては、土地所有者による明渡請求を権利濫用として排斥した事例、土地の使用借権の時効取得の成立を認めた事例、貸主の子である借主の妻との間にも使用貸借が成立したと推定した事例などがある。
【執筆者:弁護士山口明】