ヘイトクライムと死刑
このニュースがここ日本でも大きな話題になっているのは、言うまでもないが、そんな中で「ニュージーランドは死刑がないからこんなテロが起きるのだ」というツイートを見た。残念ながら見失ってしまったので、その実物をここで提示することは出来ないのだが…
ここのコメント欄にも同じような趣旨の意見が書いてあるので、そういう感想を持った人間は決して少なくなかったのだろう。それに今回のNZの犯人自身も影響を受けたというノルウェーの銃乱射事件もノルウェーに死刑がない問題と一緒に語られることも多かったのは確かだ。
勿論、これは間違いだ。事実、日本には死刑制度が厳然とあるのに、相模原の事件が起きている。
相模原の事件は今回のNZやノルウェーのテロとは違うという意見もありそうだが、日本では銃の所持が合法化されていないから「テロ」と呼べる規模にはならなかっただけで、「ヘイトクライム」としての本質は何一つ変わらない。
テロと呼べる大規模な殺戮行為だろうが、街角で「朝鮮人は出ていけ!」というプラカードを掲げてデモをしようが、ツイッターで反中や嫌韓の根拠もないデマを流そうが、「ヘイトクライム」なのは一緒だし、「ヘイトクライム」は自らが正義であり、相手が悪である、という、誤った認識が生み出した歪んだ正義感によって行われるもの。
つまり「ヘイトクライム」は典型的な「確信犯」を生むものであって、死刑のような刑罰が抑止力にはならない。「死刑になるくらいなら人を殺してカネを盗るのはやめよう」という心理は、自らを正義と考える「ヘイトクライム」の抑止力には絶対にならなないのだ。(それこそツイッターでのデマ程度ならば、やっている方の歪んだ正義感も大したものではないので、何らかの罰で抑止出来るのかもだが…)
そして、このヘイトクライムと死刑の問題で、ぜひ多くの人に読んで貰いたい一文がある。
ノルウェーには死刑がない。人間は苦しみを与えられてはならず、その命が他の目的に利用され る存在であってはならないと考えるからです。今も死刑を行っている国は、(幼い子供たちも含めて)すべての 国民に、「殺人で問題は解決する」というメッセージを与え続けていることになります。これは間違っています。。 犯罪者の命を奪っても犯罪は撲滅できません。残された憎しみと悲しみが増えるばかりです。ノルウェーに死刑がないことを、私はノルウェー人として誇りに思っています………
これはその2011年7月22日にノルウェーで起きたテロ事件を受けて、日本に住んでいる19歳のノルウェー人の少女が書いたという文章の冒頭の一節だが、 死刑、つまり”人を殺すことが問題解決の手段になる”という考えは「ヘイトクライム」によるテロを起こした人間と全く同じだという指摘、それこそ死刑には「ヘイトクライム」と通底する部分があるという面はよく考えてみるべきだろう。
※このノルウェー人少女の手紙はこちらのサイトでまだ全文が読めますので、宜しければぜひ。