化学そのものの話 その2
皆さまはじめまして。私は大学院で化学系の研究をしている者です。名前は二ヒコテとでも呼んでいただけると嬉しいです。国語は苦手なので文章作成にはあまり自信がないですが優しい目で気楽に読んでいただければ幸いです。
前回の記事の続きです。以下のURLからどうぞ。https://note.com/nihikei_motokote/n/n0e26baa4963a
エジプトでは前回の記事にも書いたとおり、「錬金術」が前身となります。そもそも錬金術をあまり知らないという方のために少し解説。
紀元1世紀ごろ以前にエジプトに始まり、アラビアを経てヨーロッパに広がった、卑金属を貴金属の金に変えようとする化学技術。さらに不老不死の仙薬を得ることができるとされ、呪術(じゅじゅつ)的性格をもった。科学としては誤りであったが、多くの化学的知識が蓄積され、近代化学成立の基礎資料となった。アルケミー。(weblio辞典より)
卑金属と言うのは簡単に言えば化学反応を起こしやすい金属の事で、中学高校でよく出題される金属は大抵は卑金属です(化学反応しなければ問題作る側も困りますし・・・)。錬金術の中核は神聖なものと見なされていた黎明期の金属加工技術と結びつきエジプトから広まりギリシア・アラビア・メソポタミア・インド・中国の各文明において同時進行的に発展しました。錬金術の方向性はさまざまで、純粋な研究として行うところもあればより強い武器作りに生かそうとしたこところもあれば不老不死の仙薬を求めたところもありました。その中で今回は中世ヨーロッパをピックアップしようと思います。
14世紀は錬金術が世間から厳しい目で見られていた時代でありました。同時に知識人が増えたことで錬金術に対する興味が沸騰した時代でもありました。知識人が増えるということはそれだけ知識を悪用した詐欺が横行するわけです。自称錬金術師が暴れていたということもあってか、1317年には当時のローマ教皇ヨハネス22世が錬金術を禁止しました。カトリック教会では以前から錬金術禁止の動きはあったのですが、錬金術師を処罰すると正式に表明したのはこれが初めてです。ですが、化学への関心(特に錬金術)は決して衰えることはありませんでした。当時は修道院に閉じこもって人目に隠れて研究を行っていました。
時は15世紀。錬金術の人気の火が爆発する時代がやって来ます。15世紀はちょうどイタリアに錬金術が広まった時代と重なります。なぜイタリアに人が集まったのか。最も大きな理由は1453年のオスマン帝国のメフメト2世によってコンスタンティノープルが陥落、すなわちビザンツ帝国の崩壊が起こったからです。ビザンツ帝国が崩壊したことでキリスト教の絶対性が崩壊したため、ローマ教皇が偉そうに錬金術禁止を唱えることは不可能となったのです。そしてコンスタンティノープルにいた知識人はオスマン帝国の迫害から逃れるためにイタリア(特にフィレンツェやベネチア)にやってきました。ビザンツ帝国崩壊はルネサンス運動に繋がる世界史の観点から見ても非常に重要な出来事です。錬金術の場合でもこのビザンツ帝国崩壊は錬金術の負の歴史を払拭したという意味では重要な出来事なのです。
その後16世紀、すなわちルネサンス期の真っ只中に錬金術は最盛期を迎えることになります(その後は魔女狩りによって急速に下火になってしまいますが)。パプスブルク家やメディチ家のような大富豪の庇護を受け、錬金術師はより一層研究を活発に行うようになります。ニュートンが最後の錬金術師としてお亡くなりになるまで錬金術は研究されましたが、錬金術の上記目的を達成出来た者は誰もいませんでした。
大事なのは錬金術が成功したか否かではありません。錬金術がもたらしたのは物質についての知識、実験の技術や工夫です。本当に大事なのはこれです。
17世紀になると、従来の神話に基づいた化学が否定されるようになりました。正確に言えば、錬金術によって培われた知識によって人間が神のみぞしる真理を否定することができるようになったのです。物質観の近代化が起こり、実験による客観的事実が化学において必要不可欠という認識へと化学者を導いていきました。正に化学におけるパラダイムシフトが起こったのです。ボイル(ボイルの法則の人です)はこれまで信じられてきた空想的な思想である四元素説(アリストテレスが提唱)を否定し、実験に基づいて「元素はこれ以上分割できないものである」と定義しました。更にラボアジエは当時知られていた元素を分類することで「物質的の根本の構成成分は元素である」と実験によって確信しました。
時代がデモクリトスに追いついたのです。デモクリトスの原子論が長年の時を経て錬金術を媒介して近代で正しいものであると証明されたのです。化学はここから更に多方面へ広がっていくのですが、「実験に基づく客観性」はどの分野でも共通して重要視されました。錬金術がもたらしたものは物質についての知識、実験の技術や工夫という金よりも遙かに価値のあるものだったのです。
皆さまとの出会いに感謝、略してC₁₀H₂₂です!
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