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【短編】『旋律の響き』(中編)

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旋律の響き(中編)


※この作品内には、一部性的な描写が含まれます。

 彼女の体格は演奏の時に着ていたロングドレスから細身の印象があったが、意外にも胸からヘソ下にかけて肉付きがあり、しかしくびれにはしなやかさもあった。腰から足先にかけては細く、若干胴体と比べると不釣り合いにも見えるが、しっかりと難解な姿勢を保ちながら綺麗な形をレンズに向かって見せつけていた。こちらに送る笑みからは一見彼女が純朴さを表現しているように見えるが、私がその人物を知っているが故にピアノと向き合っていた時の彼女の笑顔とは少し違い、どこかその裏には誰も信用できないといった攻撃的な孤独ささえ窺えた。およそ業界で生き抜くために身につけた笑みなのだろうと思ったが、私はそんな境遇に立たされた彼女に同情するよりも、腹立たしさが勝っていた。なぜ彼女はピアノを捨てたのか。彼女がごくわずかの者しか持ち得ない限られた才能の持ち主だっただけに非常に残念なことだった。同時に、その結果を招いたことは私のせいでもあった。あの時彼女を事務所に入れていれば彼女はピアノを続けたに違いなかったが、当時の私にその判断はできなかった。

 ある日、コンサートの帰りに車でピアニストの若い女性を事務所まで送っている最中のことであった。赤信号になり車を止めると目の前の横断歩道をあの彼女が通り過ぎていくのを目撃したのだ。私はすぐに彼女を目で追いながら、以前ネットで見た露出画像が脳裏を駆け巡った。本当にあの画像は彼女なのだろうか。実際に会って確かめてみようか。しかし久々に会ってそんな話をするのはおかしい。私はこの数年で彼女の身に何が起こったのか知りたいという思いを心の隅で抱きながらも、彼女はもう私の仕事とは関係ないのだからこれ以上介入しても仕方がないと改心し、すぐに信号機に視線を移した。信号はなかなか青にならず、その間も彼女は私の視野の内で歩道を歩き続けた。気づくと私は衝動に駆られて助手席の若い女性に言葉を放っていた。

「すまない。とても大事な用事を思い出してすぐに向かわなければいけないんだ。申し訳ないが君、ここから一人で事務所に向かってくれないか?」

私は乗っていたピアニストに嘘をつきその場で車から下ろして彼女を追った。運良く彼女は車道沿いにあるコンビニエンスストアに入っていったため、私はすぐに車を駐車場に停めて中へと入った。私は一体何をしているのかと自問自答する暇もなく彼女の姿を探した。するとちょうど飲み物を片手に、レジに並んでいるところだった。私は偶然を装って背後から話しかけた。

「あれ、君か。久しぶりだね」

彼女は私の方を振り向いては驚いた様子を見せながらも軽く会釈をした。

「お久しぶりです」

「元気かい?」

「はい」

「ちょうど事務所に帰る途中だったんだよ。そしたら君らしき人がコンビニに入っていくのを見てね。まさかとは思ったけど、良かったよ人違いじゃなくて」

「そうでしたか。よく私ってわかりましたね」

「だって、君は」

と自分がいかに彼女のピアノを弾く姿に感銘を受けていたかを話そうとしたがやめておいた。

「いや、歩き方がそっくりだったから」

「そうでしたね。私の演奏を近くで聴いてくださっていましたものね」

「ああ、まあね」

「あの、もし時間ありましたらお茶でもしませんか?」

彼女からその言葉を聞くのは意外だった。できれば昔いた業界の人とは関わりたくないのが普通であるが、むしろ彼女はその反対だった。

「まあ、なくはないけど。近場なら」

「本当ですか。よかったです。すぐ近くです」

私は彼女の積極性に何か違和感を感じたものの、彼女の過去をもっと知りたいという思いのまま二人でお茶をすることにした。

 カフェの中にはやけに植物が多く、突然ジャングルに迷い込んでしまったかのような錯覚に陥るほど緑で覆われていた。終始繰り返されるモダンジャズのアルバム曲だけが自分が都心にいることを思い出させた。

「面白いカフェだね。よく来るの?」

「はい。勤め先の同僚に教えてもらったんです」

「そうか。君は今何をして働いているの?」

と話の流れで彼女の職業について探りを入れてみた。以前ネットで見かけた彼女の画像の件は私の方からは言わずに心の隅に留めておいた。

「今は、飲食店でバイトをしています」

「そうか。もうピアノはやってないのかい?」

彼女は特に躊躇う素振りも見せず「はい」と素直な声で答えた。飲食店のバイトは嘘ではなさそうだった。おおよそ、まだアダルトビデオの界隈では新参者で他に収入源が必要なのだろうと思った。

「そうか。でも元気そうでよかったよ」

「ありがとうございます」

しばらくの間、無言が続いた。先ほどまでは、わざわざ彼女から私をお茶に誘ったことに何か思惑があるのではないかと感じていたものの、彼女が会話を先導するわけでもなく、単なる気まぐれだったかと考えを改めつつあった。

「あの、もしよかったら来週あたりまたお会いできませんか?」

「いいけど、忙しくないのかい?」

「はい。日程は合わせられます。できれば夜の方が嬉しいです」

彼女のその淡々と話す姿にどこか手慣れた様子さえ感じられたが、むしろ彼女の過去について探ることができる絶好の機会だと思い快く承諾した。

「五日後の夜はどうだい?」

「大丈夫です。ありがとうございます。私もうすぐバイトの時間なので出ますね」

と彼女は言ってからテーブルに小銭を余分に置いて席を立った。

 五日後、彼女は私の自宅の最寄り駅まで来てくれた。近くのバーで飲みたいというので、二度三度行ったことのある安く飲めるお店に案内した。一見さんお断りといった閉鎖的な店とは違って、若者から中年の人まで誰でも気軽に入れそうな大衆向けのバーだった。彼女はカウンター席につくと、おすすめのカクテルを頼んでから私に質問した。

「私に何か聞きたいことがあるんですよね?」

私は突然の彼女の攻撃的な発言に一瞬動揺したがうまくその質問をかわそうと試みた。

「いや、そんなふうに見えたかな?」

「そうですね。間違っていたらごめんなさい」

「確かに君に聞いてみたいことはあるけれど、むしろ君の方があるんじゃないかい?今日はそのために誘ったんだろう?」

「ええ、そうなんです」

しばらく無言を貫いていると先ほど頼んだカクテルが出来上がったため私はクラフトビールを片手に持って差し出した。

「とりあえず乾杯しよう」

「はい」

互いのグラスを当てて一杯飲んでからそれをテーブルに置くと彼女は突然話し始めた。

「実は今勤めている飲食店のことでちょっと悩みがありまして。店長や同僚とあまりうまくやれていなくて、何も言わずに飛ぼうと思っているんですけど、それによって何か問題が起きないか心配で。事務所の代表をやられているので、こういうのにお詳しいかなと」

私はてっきり、アダルトビデオの話を打ち明けられるのかと思っていたが、それが単なる職場の悩みだったことに不意打ちを食らった。そして、飛ぶという言葉を容易く使うことが、彼女が今までとは違う環境にいることを物語っていた。

「そうだね。飲食店のバイトとなると、その月の分のお給料が支給されなかったり、最悪の場合損賠賠償請求されることだってあるよ」

「そうですよね。飛ぶなんて非常識ですよね」

私は彼女が以前も同様のことをした経験があることを知っていた。彼女がピアニストとして活動していた頃、私の事務所に入りたいからと、もといた大手事務所をその当日辞めたのだ。幸い契約関係は母親に任せていたからなんとかなったであろうが、もう今は母親とも一緒にいないようなので、彼女自身が責任をとる必要があった。彼女との話が弾んでいくにつれて、彼女のカクテルを飲むペースも徐々に増していった。気づくとお互い呂律も回らなくなっていった。

 私がお手洗いから戻ると、彼女はテーブルに突っ伏した状態で寝ていた。私は彼女の体を突いたが依然として寝たまま動かなかった。彼女は酔い潰れてしまったようだった。私は仕方なく彼女を自宅までタクシーに乗せて運び、普段自分の使うベッドに臥床させた。私はシャワーを浴びに浴室へと向かう途中、寝室の電気を消し忘れたのを思い出し部屋へと戻ると、彼女はすやすやと寝入っている様子だった。電気を消すと彼女の輪郭だけが微かに見え、その体格のしなやかさに以前ネットで見かけた露出画像を思い出した。私はシャワーを浴びながら、今回も彼女の境遇について聞く機会を逃してしまったと自分の臆病さを悔やんだ。髪の毛を乾かし終わると、今夜はソファに寝ようと布団を寝室に取りに行き電気をつけた。すると、ベッドの上に彼女が腰を下ろしていたのだ。彼女は衣服を全て床に脱ぎ捨てていた。


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