今日のプロセス
「あんたにはいつも寂しい思いをさせてきた」
まだ中学の頃、それが母親が言った言葉だった。それに対して母が私にどんな返答を期待したのか知らないが、私は何も答えずに黙ったままだった。ただ母親の顔を見ずに、その言葉を見つめていた。その沈黙の意味を彼女はどう理解したのだろう。
もっと前の私が小学生だった頃、母はこんな話もした。母親の仕事場の同僚である女性が、小学生の自分の娘に「おかあさんに何かお願いしたいことある?」と問うたところ、「おかあさん、仕事やめて(ずっと家にいて)」と答えて涙が出た、というのだ。その話を聞いても私は黙っていた。そのときも母親は私の沈黙の意味を考えなかったようだ。いや考えようとすらしてなかったように思う。
同じように小学生だったころ、家族で団らんでニュースの流れるテレビを見ながら夕食をとっていた。私の視線は確かにテレビに注がれていた。そこで父親が「Molly、今ニュースで何て言っていたんだっけ?」と聞いてきた。テレビに視線を当てながらも内容を全く聴いていなかった私は「聞いてなかった」と答えた。その代わり妹が内容をきちんと要約して答えた。たぶんそういうのが得意なのだ。父親は妹に「おまえのほうがちゃんとしてるな、Mollyは何も聞いとらん」と言った。私は黙っていたが、そのことについては、内容が分かる人が答えればいいと思っただけで、悔しいとも何とも思わなかった。たぶん妹も優越感など全くなかったと思う。たぶんそのときはニュースより何か優先したいものがあって、そっちに意識が引っ張られていたのかもしれないし、全く別のことを考えていただけなのかもしれない。
また同じように小学生だったころ、私が実家の庭に面した縁側にぼんやりと立ったままじっとしていることがあった。数日経って、その後ろ姿を見ていたらしい母親が「最近あんたが何を考えてるのか分からない」と言った。実際、自分が何を考えていたのか何も考えてなかったのか思い出せないし、分かったところでそんなことに意味がないと思った。母親は分からないことは全て把握しておきたい人なのだろう。この人は気が休まることがないだろうな、と少し気の毒な感情を子供ごごろに持った。親のことを客観的に、ある種、他人視するようになったのはこのころかもしれない。
しつこいようだが、小学生の頃、テレビから日本昔ばなしの「にんげんっていいな」が流れてきたことがあった。家族はどう感じていたか知らないが、その歌を聴きながら私の心は顔をしかめた。歌っている児童たちが自分と同年齢だと仮定して、その年齢で「人間っていいな」などと言えるわけがない、人の営みを歌にするのはいいとして、人間のどこがいいのか、という疑問があった。
私が東京に就職して仕事をしながらもひとところに居たたまれないかのように都内を転々としながら仕事していた頃に、地元から会いに来てくれた母親は私に言った。「もし地元に帰ってきてくれるなら、(私の妹ではなく)あんたに帰ってきてほしいの」
母親は私のどんな返答を期待していたのだろう。私はやはり黙っていた。母親はまっすぐに私を見て、言うだけのことは言った、という顔をしていた。私は相手の期待する答えを相手の期待通りに答える人間ではないということが、相変わらず分かっていないようだった。親にも子に対する独占欲というものがあってそれは消えることがないらしい。
独占欲があるらしい母親から「そろそろ結婚してほしい」と20代後半あたりから言われるようになったときも、私は変わらず黙っていた。この人は私を独占したいのか手放したいのかどちらなのか。私が結婚したいと思っているのなら、その時々で付き合ってきた男性のうちの誰かととっくに結婚してるはずだ、とは考えなかったらしい。でもそのとき、私は黙っていたものの、高校生の頃の母親との短い会話を思い出していた。
「あんたが生まれて女の子だと分かったときね、ああ、じゃあいつかは親元を去ってお嫁に行くからそのときは手放さなければならないのか、と思うと嬉しさと同時に諦めと寂しさを感じたもんよ」
「結婚したら女は相手の家に嫁ぐものなの?」
「そりゃ、結婚だもん、相手に尽くすんだから」
「…」
「結婚式が白無垢の着物であれウェディングドレスであれ、着るものが白いのは“あなたに染まります”って意味だから」
「おとうさんは私が誰かに嫁いだら寂しがるかな」
「そりゃあ、あの人は子煩悩だから、男泣きするだろうね」
私は父が涙を流す顔を想像した。見たことがない父の泣き顔を想像した。あの人は地元に帰省して新幹線でまた東京に戻る私をまともに見たことがない。見送りにきていても顔を合わせない。だからというわけではないが、私は駅のホームで別れた後、そのまま地続きのレールを時間をかけて走る新幹線よりも、陸を離れてサヨナラ!という飛行機のほうが好きだ。私は人が黙っていれば黙っているほど相手の気持ちを想像する。そして切なくなる。言葉を発さない父の後ろ姿に滲み出るもの。父の言葉というのは感情をまっすぐに表現するものではない。言いたいが言えない、言うわけにはいかない、心臓のど真ん中に鎮座する最も強い感情、それを素直に出すことができない、やっとの思いで出した言葉は表層を滑る。
「じゃあ私が婿をもらえばいいんでしょ?」
「もらう?婿を貰うだって??だったらあんたがよほどしっかりしてないと無理よ」
じゃあしっかりすればいいんだ、と思った。本当にそう思った。
母は私の結婚を心配しているという体をとってはいるが、根底には「女は結婚して幸せになるもの」という固定概念に支配されているところがあるのだろう。私は母親に聞いたことがある。
「おかあさんは私のためにアドバイスしているの?それとも自分のため?」
想像した通りの返事が来る。
「そりゃああんたのために決まってるでしょ!」
うそつけ、と思った。自分が安心したいのだ。結婚して誰かに嫁いでもらったら心の中にある部屋が片付く、娘を片付けたいのだ、独身の娘はお荷物だ、娘を嫁がせることで親の役割を果たすのだ、というクソみたいな概念から逃れられない人なのだ。頭の中が余計なことまでシステム化されている。システム化されるべきはもっと別の、全く別のことだろうに。私と妹、どちらかならともかく、どちらもいい年をして独身のままでいることの意味を考えようとしない、分かろうとしない、理解しようとしない。私がしっかりした女になって婿をとれば親は私を手放すこともない、そう信じていた私は何だったのだ?
一方、父は寡黙な人だったわけではない。仕事という領域では実直だったらしいが、実は飲んべえだし遊び好きで、ダンディーという言葉とは無縁の人だ。だから私は父親像を求めてさまよっているわけではない。私は好きな相手にその人の母親像も父親像も重ねてほしくない。父でも母でもなく、そんなものとは独立して私を「私」として見て欲しい。そもそも父や母を重ねるなんぞ、自立できてない証拠ではないかと思ってみたが、親像というのはどういう親であれ死ぬまで逃れられないものなのだろう。人は変わらない。変わらないのに理想とするシステムに縛られていつまで経ってもリラックスできない。世の中はなかなかリラックスできないまま進んでいるように見える。
リラックスと言えば、先日、夜になっても文章が書けずに、もっとリラックスすれば書き出せるかもしれないとお気に入りのジンを飲むことにした。特に思い悩んでいたわけでもなく、自分を解放したかっただけだ。ついでに冷蔵庫のもので簡単に作れるおつまみの本を見ながら飲んで作って食べて、飲んで作って食べてを繰り返していた。ボンベイ・サファイアをロックかストレートで4杯くらい飲んだところで意識が朦朧としてきたので、居間のカーペットの上で横になった。身体が重くなってきたので向きを変えた瞬間、胃から酸っぱいものが込み上げてきて吐いてしまった。でもそれを掃除する気力もなく、ベッドで寝ようと起き上がったところ、キッチンの床にまた吐いてしまった。汚ねえなと思ったその瞬間、「このボンベイ・サファイアは、」と私は悟った。悟ったけれどもう何もできないし言葉にすることなどもっとできないので、嘔吐物はそのままにしてベッドへ向かって倒れ込むように寝た。
翌朝、水分を失って乾いていた自分の嘔吐物を拭いているとき、何か分かった。ほうれんそうやもやしなどお通しのような野菜やフルーツくらいではアルコールの消化の助けには全くならず、氷で割っただけのアルコール度数47%のボンベボンベイ・サファイアは、「異邦人」のムルソーにとっての太陽だったのかもしれない、と思った。このボンベイ・サファイアにはジュニバーベリー、レモンピール、コリアンダーにアンジェリカなど、インドや中国、日本やスペインなどのハーブを混ぜて蒸留してあるので花の芳香が高いのだ。だからこのジンの放つ独特の芳香性を楽しみたいからと短時間で胃に注がれたのだから私の胃はキャパシティーを超えてそれ以上は受け付けられないと、注がれたものを全て吐き出しただけだ。あの灼熱の海岸でムルソーの中に起こったことが、私の中でも起こった。あんなことをしないと分からないのかと怒られそうだが、あんなことをしないと分からないのだ、私は。とにかく全てを吐き出すだけの体力があった自分の身体には感謝しかない。ありがとう、胃。
こうして書いていると、世の中でアル中と診断される人が人生の敗北者だとはどうしても思えない。同時に勝利者とも思っていない。彼ら彼女らは、ただ世俗的なことから自由になってリラックスしたいだけなんじゃないかと思う。その手段がお酒というだけだ。ロマンチックな気分にさせてくれるお酒に頼って何が悪いというのだろう。
そもそも一人にならないと自分を解放できない世の中って異常じゃないか?
先日読んだ「夜が明ける」の中で中島さんというおっさんが言っていたのが、引きこもりは社会の敗北者だ、ということ。だけど、何か違和感がある。世界とどう関わろうかと本気で悩んでいる人間達に敗北者という線を引くのはどういうことなのだろう。そういう人に「負けちゃダメだ」と言われて「俺」は納得したようだったけれど、私には分からないままだ。関わりたくないのではなく、関わるべき世界、関わるべきでない世界を自分で区別しようとすることの何がどう敗北しているのだろう。あの小説でカタルシスを得た人も沢山いるようだけど、私はまだ消化できないままだ。
この本を紹介してくれたのは文学好きの変わった芸人さんだったけれど、芸人さんでも、ノートに書き続けることで面白いネタが浮かぶ人もいる一方で、酔っていたほうが頭が解放されてそれができる人もいると聞いた。私は後者に近いのだろう。幾多のアドバイスに従ってノートに何か思いつくことを書いても、内容を忘れてしまうし、書いたこと自体を忘れてしまう。読み直したところで数行の散文をつなげることができない。この記事もノートに書いたことは何のヒントにもなっていない。
話を戻す。
お酒を飲みすぎる人を病気だとか病人だとか決めつけて自分たちと差別しようとするのも、実はそれほど必要のないシステムのせいだと思う。昨日見た「ミステリと言う勿れ」で久能くんが腹を立てる「システム」とは、世の中のシステムのことだ。あまり真面目に書きたくないし考えたくもないのだが、一見心地の良い、私達が受け入れやすい形をとって私たちを取り込んでいく。だから怖いのだ。「父」や「母」という概念、「仕事」という概念、「金」の概念、「人生」という概念、「愛」という概念、「勝利者」、「敗北者」という概念。それらはただの言葉でしかない。なのに概念ばかりが先行するから、私のようなただでさえ頭のおかしいとされる人間がさらにおかしくなるのだ。自分の内部や経験を押し潰そうとするから吐き出したくなる。それは当然の反応なのではないか。なのに、その根源的な、そして生来的な、人間という動物として当然の反応が悪であるかのように解釈されてしまうのはなぜだろう。
SNSでトピックに上がるのは「こういう人に気を付けろ」「こんな人には近づくな」と、私のような人間を遠ざけるものばかりだ。それをヘラヘラと笑いながらリストに書いて説明する人間もいる。どこまで本気でやってるんだおまえは。そんな腐ったシステムの残骸のような、先日の私の嘔吐物の残骸のようなものを、どうやって受け入れろと言うのだろう。
さて文章の絞め方が分からなくなってきたところで、考えることはアナログであってデジタルではないので、形ある成果物も大切だけど、もっと感じることを優先して生きていく時間の中に私の幸せがあると思った次第です。それこそお酒を飲みながらダラダラと誰かと話していたい。でも相手がいないからここでダラダラ書いてしまいました。書き忘れたことも多々ある感がありますが、思い出して書きたいことがまとまったら後日また書きます。
では。
#日記 #雑記 #親 #分からないもの #システム