哲学的に正しい、無医地区での歯科医療のはじめ方

はじめに

無医地区の歯科医療なんて、そこにお住いの方ですら興味がないことと思います。歯が痛くなったらどこの歯医者さんにかかるか決めてしまえばさしたる問題ではないかもしれません。

逆に無医地区に歯科医がいようがいまいが、歯科医院に行けない人は行けません。

無医地区に歯科医師がいれば、訪問診療をしてくれるでしょう?

果たしてそう簡単なものでしょうか。

このお話は、どちらかと言えば当事者である自治体の担当者と歯科医師会、そして管轄の厚労省の方に向けた「ファンタジー」です。ファンタジーというだけあって多少衝撃的でもあります。

私は歯科医師でもなければ、ルポライターでもありません。ほんの少しかかわったものとして感じたことを物語としてお送りします。


歯科医師を2人用意します

歯科医院はコンビニより多いといいますが、無医地区に来てくれる歯科医師はそう多くはありません。市街地で結構な額を稼ぎ出し医院を息子に譲ったご隠居が道楽で来てくれたりします。

それ以外だといくつかの事情が重なった方、諸事情で医院を閉じなければならなくなった、(明示的ではないが)公共財としての歯科医院に思い入れがある、などの事情がある方が来てくれることがあるようです。

貯蓄が多いとか、経営に長けているとかは、そこまで重要ではありませんが、開業にチャレンジできるくらいの資産はあった方がよいでしょう。支援していただけるご家族があるとよいかもしれません。

そんな方に自治体は安く場所を提供してあげるといいでしょう。

1人目の歯科医師と2人目の歯科医師は、同時に来ていただく必要はありません。2人必要な理由はのちに分かると思いますので、まず、なんとか1人ですね。


自治体が用意すること

上で述べたとおり、場所を安く提供しましょう。自治体には平成の大合併の結果、無医地区の中心地には支所などがあるはずです。患者さんのアクセスなどを考えると、そこの一角を提供するのがよいでしょう。賃貸借契約で問題ありません。

自治体は設備を用意していく必要がありますが、そもそもこの施策は自治体の支出をアウトソースして減らすためのものですので、最低限のインフラで問題ありません。

自治体が歯科経営の観点を持つ必要も特にはなく、必要なものは歯科医師の方と話し合って決めてください。

この段階で必要なものがそろっていなくても、歯科医師が必要に応じてそろえていってくれます。


1人目の歯科医師がやること

1人目の歯科医師が、医院での診療、訪問診療、無医地区内の各地区での啓蒙活動をおこない、徐々にレセプトを増やしていきます。

無医地区の人口は少なく、これからも確実に減っていきます。だからといって診療台1台、スタッフ1人などではいけません。

外の地区に出ていった患者さんに戻って来てもらうよう、ある程度魅力的である必要があります。これはインフラやスタッフの量より質の問題が問われることもあります。

また、小規模とはいえ地区の歯科医療の中核となりますので、ある程度のバリエーションに対応できるよう設備投資を打っていく必要があります。


自治体の課題への向き合い方

しかし、無医地区の歯科経営は簡単ではありません。努力の甲斐むなしく経営が立ち行かない、と歯科医師が訴えてきた場合、自治体はどのように対処すべきでしょうか。

歯科医師は経営に明るくない場合が多く、特に経営が傾いて支出が膨らんでいく場合の対処に長けた人は稀だと思います。

地方ですと歯科経営を支えることができる税理士やコンサルなども容易に得ることはできません。

そのような事態に自治体が金銭面で支援をしようとした場合、どうなるでしょうか。

自治体の予算は議会をとおす必要があります。議会は3ヶ月に一度、予算取りの決裁はその2ヶ月前にとおすとしても、半年前には準備に取り掛かる必要があります。

逆の言い方をすると、歯科医師が窮状を訴えてきてから半年しないと金銭的な援助ができないということになります。

また、半年かけさえすれば、支援ができるという分けではなく、どちらかというと資金調達は難しいと考えた方がよさそうです。

一方で、歯科医師は自分の立場がいかに必要不可欠であり、支援の依頼が正当であるか、また、廃院しか手がないことを訴えてくると思います。

論理的かつ合理的に資料などを交えながら、決裁を通しやすくするための説明をしてくれる場合もありますし、感情に訴えてくるかもしれません。

あるいは、地域医療を盛り立ていく仲間として、相談を持ち掛けてくることもあります。

このような深刻な事態において、自治体はどのようにふるまうのが正しいのでしょうか。


1人目の歯科医師を自殺に追い込みます

自治体側としての具体的な対応としては、まず、辞めないでください、とお願いしてみます。

その後の打合せでは、うつむいたまま一言も言葉を発しないのがよいでしょう。複数人数で打合せに臨み、全員が同じようにふるまえば、より効果が大きくなります。

難しい場合は、自分こそが被害者であるという認識が必要ですし、賃貸借契約しか交わしていないという事実の再確認も必要でしょう。

こうすることによって歯科医師は絶望します。

何度か打合せを繰り返し「もう一度頑張ってみます!」などの言質を取るとよいでしょう。


効果

この段階で遺族の資産もだいぶ減ってしまっているのですが、歯科医師会の共済金や団信で全額取り戻せる上、むしろ資産が増える場合があります。


2人目の歯科医師に求められること

インフラとしては整っていますし、レセプトも相当数確保できていますので、追加投資はしないようにしましょう。

無医地区は高齢者が多く、材料費が思いのほかかかります。また、一定の拡張路線を取っていますので、ランニングコストもそこそこかかります。

コンサルを入れるなどして事業計画をしっかり立てるとよいでしょう。

法人であるとか、スポンサーを見つけた上で引き受けるなど、資金のバックアップもあれば、家族が崩壊することもありません。

苦境に立たされた場合の考え方として、首長に解約の申し入れをしたり、夜逃げをするなど、退路を確保しておきましょう。


自治体に求められること

この段階ではインフラへの投資は終わっているので、今後はサステナブルな経営が必須です。

1人目の歯科医師が買いそろえたインフラは、後継者や歯科医師会に買い取らせると自治体としての負担は最も少なくなります。

難しいようであれば、遺族から安価に購入することもできます。遺族は早く縁を切りたがっている場合が多いので、スムーズに話が進むと思います。

この辺りも含めて、この手法がいかに合理的であるか、ご理解いただけるかと思います。

今後に向けては、自治体が構造的に解決できないタイムリーな資金調達をしなくてすむよう、指定管理者制度などが活用できないか、検討してみてはいかがでしょうか。


最後に

このお話は経営面に焦点を当てていますが、無医地区における家すなわち家族構成や物理的な距離といった構造的な問題、特に地方で見られがちな、人が手に余る問題に直面すると対象を死地に追いやって逃れようとする構造の問題、あといくつかの問題があります。

唐突な例えで恐縮ですが、制御工学的な言い方をすると、センサーが正しくないと正しく制御できません。センサーがないのはもちろんのこと、センサーの感度が高くても低くても必要な制御装置や制御量を導き出すことができません。

まずはそこからです。

というファンタジーでした。

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