家族の話

初めましての人は初めまして。よるです。中学生です。今日は、少し周りと違うかもしれない家族の話をしていきます。

私の家族は今のところ4人家族で、お父さん、お母さん、私、妹です。"今のところ"は後で詳しくお話します。お父さんは柔道整復師、お母さんは元養護教諭です。そして私は中学3年生、妹は小6です。
周りの家族と少し違うというのは、お母さんが双極性障害を患っていることです。病気があるから少し違うというと誤解を生むかもしれませんが、偏見を持っている訳ではありません。お母さんは私が小6のの2月(2022年2月?)のときにうつ病と診断され、当時務めていた養護教諭を休職しました。うつ病になったという話は、家に帰ってきたときに唐突にかかってきた電話で本人から知らされたものでした。そのときは凄く悲しかったし、これからどうしようという不安がありました。
お母さんがうつ病と診断されたあとの生活は、環境面ではお母さんが常に家にいるということです。精神面では、お母さんがいつも落ち込んでいる、たまにベットでずっと寝ている(天気が悪い日の時に多かった記憶…)などがありました。特に覚えてるのは、帰ってきたらお母さんが妹に抱きつきながら泣いてるってことですかね…。今まで両親が共働きで、1番最初に帰ってくることの多い私は、ただいまと家に言っても猫が近くに来てくれることが多く、「おかえり」という返事はあまりありませんでした。なので、どんな言い方でさえ「おかえり」と言ってくれることは嬉しかったです。しかし、お母さんが泣いていることは変わらなかったし、そういうことでだいぶ悩んだりすることはありました。でも私が見たことが全てではなく、お母さんにしか分からない辛さもあったと思います。それこそ見えないとこで苦しんでたりとか。そういうことを話の流れで少し聞いたことがあるのですが、1番強烈だったのは"希死念慮が強いと夜中にキッチンに行って、包丁の持つところを自分のお腹に突きつける"ってことです。
お母さんは養護教諭にまた戻ろうとしましたが調子は良くならず、最終的には退職しました。
そんなときが流れて半年、お母さんが調子良くなった日がありました。急に海外に行くと言い出したのです。そのためにオンラインの英語教室に通い、英語の教科書を書い、英語を学び始めました。そのときは元気になってよかったな、という気持ちが大きく、たまにオンラインの英語教室を一緒に見たこともあります。また、それと同時に産休育休代替の養護教諭として小学校に赴任することになりました。小学校では職員室の挨拶で早々にうつ病であることをカミングアウト。オープンな感じで周りに広めていったそうです。そのことを誇らしげに話してきたのは少し驚きましたが、うつ病になってから本来のお母さんが分からなくなったのもあり、これが本来の姿だったのかなと思うようにしてました。
そして、英語も取得したお母さんは、私たち姉妹と母方のおばあちゃんを連れて8月にオーストラリアに行きます。

ঌ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈໒
ひとまずキリがいいので今回はここまでにしておきます。次回も見てくれると幸いです。

よる

いいなと思ったら応援しよう!