富士山に登って感じたこと
2023年と2024年2年連続で富士登山に挑戦しました。
その時感じていたことを書き残しておこうと思います。
自然の神秘を感じて
富士山はただの山じゃない。登るたびに風や岩、空気までもが生き物のように感じられた。特に頂上付近での風の音は、自然の声そのものだった。
歴史と信仰に触れて
途中の山小屋や鳥居を通るたびに、多くの人が昔からここを目指して祈りを捧げてきたんだと感じた。富士山はただの観光地じゃなく、信仰や歴史が深く刻まれた場所なんだと思った。
自然と自分の対比
岩場や風の強さに圧倒されながらも、自分も同じ地球の一部だと思うと、不思議な安心感があった。自然は強大だけど、それを体で感じられる自分もまたすごいと思えた。
苦しさの中に見つけた美しさ
何度も足を止めたくなったけれど、ふと見上げたときの星空や、途中で出会った小さな花の美しさが不思議なほど心に響いた。苦しいときにこそ見えるものがあるんだと感じた。
苦しさを共有する喜び
道中、知らない人たちと『あと少しですね』と励まし合う瞬間が何度かあった。知らない人たちとも支え合って生きてるんだなと感じた。
夜明け前の特別な時間
ご来光を目指して暗闇を歩くとき、頭のランプ以外は何も見えなかった。その暗さの中で聞こえるのは自分の息遣いと風の音だけ。その静寂が逆に心を落ち着かせてくれた。
ご来光の特別な瞬間
暗闇の中を登り続け、初めて空が赤く染まった瞬間の感動は一生忘れられない。あの光を見たとき、すべての苦労が報われた気がした。
時間と空間の不思議
登る途中、時間の感覚がどこか消えたようだった。ただ目の前の一歩に集中する中で、過去や未来のことがどうでもよくなっていた。今この瞬間に生きるってこういうことなのかもしれない。
頂上での感謝の祈り
頂上で鳥居をくぐり、深呼吸したとき、なぜか自然に『ありがとう』と心の中でつぶやいていた。何に感謝しているのかは分からないけど、あの瞬間はただ心が満たされていた。
自分の足でたどり着く意味
どんなに疲れても、どんなに辛くても、自分の足で一歩ずつ進むことでしか頂上にはたどり着けない。そのシンプルな事実が、自分にとってこれからの人生のヒントになりそうだ。