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【俺屍】1019年11月幕間【比良坂一族】

「私たちにできること」

1018年11月。私たちは、鬼の住まう迷宮のうちの1つである、九重楼に出陣していた。

「父さん、そっちに1体行った!!」
「分かっている。輝楽は任せろ」

カラス天狗が私の横をすり抜け、後衛の弓使いを狙いに行く。父さんはそれを防ぐために立ちふさがり、私は残された鉄クマ大将と対峙していた。
剛腕から繰り出される大鉈の一撃を、弾き、逸らし、辛うじて躱していく。
そう繰り返しているうちに焦れて来たのか、大ぶりの一撃を繰り出して来た。
瞬間、懐から札を取り出し、術で焼き切る。火は瞬く間に大きくなり、鉄クマ大将を飲み込んだ。

「父さん、こっちは終わったよ」
「見ていた、こっちも終わらせる……輝楽!!」
「はーい、任せて~!!」

カラス天狗の振り下ろした錫杖を、父さんが刀で受け止める。その隙を付き、輝楽が射貫く。羽を貫かれたカラス天狗は地に倒れ伏した。
逃げようと藻掻くカラス天狗の首を父さんが落とす。周囲に鬼の影はなくなり、ようやっと人心地がつけるようになった。

「お姉ちゃん、お疲れ様」
「ん。輝楽もお疲れ。良い弓だったよ」

ハイタッチ、顔がほころぶ。可愛い妹だ。

「父さんも、ほら!!」
「はは、分かった分かった」

ぱしりと、乾いた音が響いた。


その夜、九重楼にある小部屋のうちの1つで、私たちは休息を取っていた。
輝楽は部屋の片隅で、寒さから身を守るように縮こまっていた。父さんは輝楽にズレた毛布を掛け直している。

「輝楽、この討伐で大活躍だねぇ」
「そうだな。1戦毎に戦闘のいろはを吸収して強くなっている。木霊の弓との相性も良いようだ」

今回の討伐での輝楽は本当にすごかった。土の力が込められた武器である木霊の弓を巧みに操り、なんとほぼ単独で門を守護していた鬼神「七天斎八起」を撃ち抜く活躍を見せていた。
今の私たちの力ではあまり攻撃が通じず、毎度苦戦をしている大将、「紅こべ大将」にも良い威力を発揮しており、来月の大江山討伐でも活躍を期待していた。期待していたのに__

「来月の討伐も、きっと活躍してくれるね」
「いや、来月はお前の交神だ。討伐には出ない」

父さんは、こんなことを言い出すのだ。

「え……大江山には……いかないの?」
「あぁ。今の俺たちでは、死力を尽くしても中腹に進む程度が関の山だろう。命の無駄遣いになる」

「それより、交神相手は誰が良いかという希望はあるか?」なんて、話題が変わろうとするのを必死に戻す。

「”それより”って何よ!!良いの!?大江山に行かなくて!!朱点童子を倒しに行かなくて!!私たちは”長くて2年”なんだよ……!?」
「そうだな。だからこそ、無駄遣いをしてはならない」

そこで、父さんが顔を上げる。この会話を始めてから、初めて父さんと目が合った。土色の目が月明りに照らされ、こちらをただじっと射貫いていた。
「自分たちは勝てない」「大江山に行くことは命の無駄だ」という発言は、この人にとって事実であり、私がいくら何を言おうと、何をしようと覆ることはないのだと。

「……話は終わりだ。見張りは俺がしているから、お前は体を休めておけ」

そう言って、土色の目は私から離れて行った。


翌日、九重楼の中層。紅こべ大将と、その取り巻きである大怪異「大般若」と私たちは対峙していた。
大般若が体を震わせ、猛突する。その余波だけで、体は傷つき、じわじわと追い込まれていく。
私は一度後退して戦闘の補助に回り、父さんが前線の負担を1人で背負っていた。

「輝夜!!手が空いたらこちらの回復を頼む!!」

そう告げながら、父さんは大般若の突進をかいくぐり、紅こべ大将の振り下ろしをいなし、切り返していた。たった1人でも舞うように、踊るように戦場に咲くその姿はとても鮮烈で……あと1年も生きれないとは到底思えなかった。
「父さんが朱点童子に勝てないなんて嘘だ」「この程度の鬼に苦戦するわけがない」
そんな思いが私の中を支配する。思考が私を鈍らせる。
そんな愚かしい私を現実に引き戻したのは、取り返しのつかないできごと。
大般若が、私を狙って 父さんが、それを庇って__


気が付いた時、私と父さんは九重楼の小部屋で横になっていた。
輝楽曰く「大般若にとにかく全力で攻撃を叩き込んで追い払った」とのこと。
自身の不手際を守らなければならない妹に拭わせてしまった事実に、心がぐしゃりと痛んだのを感じた。
幸いにも私は当たり所が悪かっただけらしく、父さんよりも先に目覚めていた。
未だ気を失っている父さんに目をやる。よくよく見て見れば、あの戦いは決して父さんが優勢ではなかったようだ。幾つもの切り傷擦り傷や打撲痕があり、紙一重で攻撃を避けていたことが伺えた。

父さんは決して無敵ではない 私たちじゃ、迷宮の中層の鬼ですら倒せない

私たちは、朱点を倒せない

その事実がとても悔しくて、それでも前を向ける父さんのことが分からなくて、後を託さなきゃいけないのが悲しくて、未来を想えないことが辛くって

ただ、静かに涙を流すことしかできなかった。


雑記

当時の輝焔さまの心土は200越え。他の心と比べて飛びぬけており、きっと自らの運命を嘆くことなんて1度もないほどの落ち着きを持っていたのではないかと推察できます。
ゲーム的にも無駄な行動をほとんどしていませんでしたね(まぁ、プレイヤーの行動選択と運によるものですけど)
投資もバンバンしてたから京の無職たちとも親しくなってるんでしょうね。
迷宮の情報とかもそこから入手し、遠征の計画を入念に練って、そのうえで更に、将来呪いを解くための準備を積んでって。悲壮な運命を背負った人間らしくない、あまりにも目的のためだけに行動する様子はどこか恐ろしく映ってしまうでしょう。

それに比べ、輝夜ちゃんは最も高い心土が125、最も低い心である心火が112と、とびぬけた数値を一切持っていません。良く言えば纏まっている、悪く言えば、人間的すぎる子なんですよね。
「この完璧すぎて恐ろしい当主さまを理解しようと、崇拝的な感情を向けたというのがこの事件の起こりなのでは……?」と、妄想100%で考えていました。
この差こそが、比良坂家不仲説を誕生させた原因なのではと考えています。
当時の輝夜ちゃん、ステータス的には心の火と風が一番高かった訳ではないため、この進言は本当に頭を疑問符だらけにしてきました。

この2人が、比良坂の一族がどのような最後を辿るのか。たまにで良いので見届けて貰いたいと思います。

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