「おかん」からの処方箋~17年間の闘病日記~④
乳癌
おかんは癌になった。
部位は様々だけど、
女性にはとてもつらい部位だった。
乳癌。
左乳房に癌ができた。
癌にもステージがある。
ステージ0期:癌細胞が上皮内にとどまっており、リンパ節への転移なし
ステージ1期:癌細胞が筋肉層でとどまっており、リンパ節への転移なし
ステージ2期:癌細胞が浸潤しているがリンパ節転移なし、または浸潤は広がっていないがリンパ節転移あり
ステージ3期:癌が浸潤しリンパ節への転移もあり
ステージ4期:原発巣から他臓器へ癌が転移している
確か、おかんはステージⅢだった。
手術は乳房温存。
女性にとって乳房がなくなるのは最大につらいことだろう。
おかんもできるだけ温存したかったと思う。
地元の中規模の総合病院で手術をして、手術自体は無事終了した。
転移はなかった。
それから、抗がん剤治療とホルモン治療が始まった。
薬物療法の副作用で苦しむ姿は、かなりメンタルがしんどかった。
髪の毛が抜けて見た目が変わっていく。きっと、とてもつらかったと思う。だけど、できるだけ悲しむ様子は見せようとしなかった。
頭には髪の毛がなくなり、笑いながら「髪の毛洗う手間がはぶけるわ」と。
きっと、どんだけ辛かっただろうか。
ウィッグも購入し、届いたときは嬉しそうに「カツラきたで」って。
定期的に治療をしながら、母はその効果もあり回復していった。
そんな姿を近くで見てきたから、きっと癌は治るんだろうなぁ
そう思って僕は過ごしていた。
穏やかな日々が続いた
おかんの病状は落ち着いていた。
僕もその様子を見て、あぁ大丈夫だったんだ。癌は治ったんだ
そう思った。
おかんも昔からしていた介護士の仕事を再開して、とても楽しそうだった。
自宅から近い介護施設でずっと働いていて、時々僕も手伝いに行くことがあった。
家族は癌のことは忘れたように、穏やかな日々が続いた。
悩める時期
おかんの生活は落ち着いていた
しかし、その裏腹に僕は芸術系の仕事はうまくいかず悩んでいた時期だった。
このまま、アルバイトをしながら生活していて良いのだろうか?
このまま、芽が出なければ?
自分の人生についてほんとに悩んでいた。
何がきっかけかはわからないが、
「よし、看護師になろう。看護師になればおかんや家族が病気になったときに助けることができるし、経済的にも安定する」
そう思い、看護学校を受験することに決めた。