見出し画像

Finifugal~新望ナカネの推理簿~

   EP1 今夜は私と偽って~後~


9月13日14時ちょうど 第二回目関係者取り調べ

 坂堂「それでは話を聞かせてください」
 そう言いながら取調室の椅子に座る坂堂の前にいるのは、当時はっきりとしたアリバイがある家元春香だった。
 家元「あのなんで私なんですか?私は当日ちゃんとしたアリバイがありますし、警察もZOOMのデータや取引先の人への確認は済んだって」
 「はい。だからこそです」坂堂は顔色一つ変えずに続ける。

今から約10分前  警察署内取調室前休憩所
「で詳しく聞いてほしいことってなんだ?」
「まぁそう焦らずにー。ゆっくり解決していきましょ。急がば回れだよ」新望がお茶を片手に話す。

 続けて問う。「そうですねー。各証言の中で矛盾しているところは?」
「そうだなー。三上の証言と島・四条の証言か。三上は、『部屋を出るとき。島と四条はまだ宴会場に居ましたよ』そう言っていた。しかし島と四条の証言だと先に出たのは自分たちだと証言している」警察はすでにその辺は整理しているようだ。坂堂がすらすらと話す。

「正解!」新望が子供を褒めるように声を上げる。新望が続けて「どちらかが嘘をついてますね」
「一見すると2対1で三上の証言の方が信ぴょう性は低いな」坂堂が独り言のようにつぶやく。
「ほんとにそうでしょうか?」新望が割り込む形で口を挟む。

「もし仮に三上さんが犯人なら、自分が島さんや四條さんより先に宴会場を出た、という嘘は危険すぎませんか?」「警察に詰められたらそれこそ今みたいに2対1で信ぴょう性が低いだのなんだと言われて終わりですよ」新望が饒舌に語りだす。坂堂が口を挟む間もなく続ける。
「となると嘘をついているのは島さんと四條さんの可能性が高い。ただいくら馬鹿でも、三上さんが島さんや四條さんより宴会場を先に出たと証言するのはわかってるはず。ではなぜそんな嘘をつく必要があるのか?」
「何か隠してるのか?」坂堂がようやく話し出す。
「チッチッチ」新望が人差し指を振りながら舌を鳴らす。もう見飽きた光景だ。

「島さんと四條さんが嘘つきだと決めつけるのはまだ早いですよ。だからこそ聞いてほしいことがあるんです」
 探偵気分なのだろう。休憩所の椅子にもたれ掛かり、背もたれに腕を回し、足を組んでいる。
 そのふさわしくない態度に坂堂が呆れながら聞く。「早く言え。もう取り調べの時間だ」

 時刻は13時57分。新望が坂堂を手招きすると同時に口に手を当てる。耳打ちのしぐさだ。仕方なく新望が座ってる椅子の前に行き、新望と高さを合わせるために片膝をつく。新望の息が耳に当たる。

「!!」自分が考えもしなかった発想に坂堂はつい息をのむ。
 耳打ちを辞めた新望が続けて言う。「名付けて、謎を紐解く三つの鍵‼
 何も言わずに心を落ち着かせながら立ち上がり、取調室に向かう坂堂に新望が声をかける。
「あっ!坂堂にい!ちなみに嘘つきはもう一人いるよ!」



話は再び取調室に戻る。
「はい。だからこそです」坂堂の発言に?を隠せない家元。
「話はすぐに終わります。あなたに確定してほしいことがあります」
「何ですか?」緊張からか震えた声で家元が聞き返す。
「あなたの部屋の前を人が通った時間と、人数です」
 坂堂の言葉にまた?が浮かぶ家元。

「あっ、はい。えぇと」「ゆっくりでいいですよ」慌てて言葉を紡ごうとする家元に坂堂がやさしく声をかける。
「前にも話しましたが、部屋に戻って準備をしてて、あっ!」何かひらめいたように家元が顔を上げる。

「割とすぐに誰かが宴会場の方から歩いてきました!自分の部屋に戻るんだろうなぁ程度にしか思ってなかったんですけど」「そして?」これは牧野のことだと確信した坂堂が話を続けさせる。

「そして?えぇっと。20時35、いやあれは会議が始まる前だったから20時30分ごろですね。また一人宴会場の方から歩いてきました!」
「確実に一人ですね?」坂堂が聞く。
「はい一人の足音でした!」合間なく家元が答える。

 何かを確信したように、坂堂が取調室のマジックミラーを見る。隣の部屋で見ているであろう新望に向けて。
「あの何か変なこと言いました?」家元が不安げに話しかける。
「いえ、完璧です」


 謎を紐解く三つの鍵、その一つ目は、自分の部屋の前を誰かが通りかかった時間と人数である。
 坂堂も馬鹿じゃない。新望からこれを聞きすぐに思いついた。
 あの中の数人が同じようなことを言っていた。あの宿は古宿だからと。そして木鳴り。誰かが部屋の前を通るだけで、気に障る程に、部屋には音が鳴り響く。

 坂堂は同じ質問を、白田・牧野・加城にもした。アリバイが確定している者たちと、当時集中するものがなかった者たちに絞って。
 白田は珍しく酔っていたため、細かいことは覚えていないらしいが、牧野と加城は証言。

 牧野「何時かは詳しく覚えてないですけど、トランプしてしばらく経った時に誰かがガサゴソって何かをもって通り過ぎたんです。なんで覚えているかって、白田の部屋の前を通るとしたら部長か課長か次長なので。混ぜろって言って入ってきたらどうしようって思ったんです。いやじゃないですか。こっちは仲良し組でやってるのに。断るわけにもいきませんし。うるさいのによくわかりましたねって?わかりますよ。振動もすごい伝わってくるんですもん」

 加城「僕らはテレビをつけながらやってたんです。20時30分からちょうど『堺のまちぶら!』が始まるんです。僕が大好きな番組です。それとほぼ同時に誰かが通りかかって。牧野さんが少しだけ怪訝な顔をしたのが記憶に残ってますね」

 マジックミラー越しに取り調べを見ていた新望がうなずく。三上の証言はほんとだった。


 14時24分 取調室隣室
 家元・白田・牧野・加城の取り調べを終えた坂堂が、新望がいる部屋に来る。
「とりあえず、三上の証言は正しい。あいつは20時30分に部長の部屋に行った。島と四條を宴会場に残して」
「となれば、怪しいのは島か四条だ。」坂堂が言った。

「島さんと四條さんの証言では、20時15分頃にはもう島さんの部屋で呑んでたと証言してますね。島さんの部屋へ行くには家元さんの部屋の前を通る必要があるはず。でも20時5分から20時30までの間に、家元さんの部屋の前をだれも通ってないのは確かです。この証言は嘘だとはっきりわかりますね」新望は探偵気分なのだろう。なぜか敬語で話している。

 坂堂が続けて「三上が部屋を出たころにはまだあいつらは宴会場に居た。しかし小森が高橋の死体を発見した時宴会場には誰もいなかった。なら島と四條はどこにいたんだ?」
 坂堂が続けて「少なくとも家元が会議を始める20時35分までは宴会場に居たのは確かだ」
 首をかしげている坂堂に、また人差し指を立てながら新望が言う。「そこで二つ目の鍵です!」



 14時32分 取調室
「時間はそうかけません。当時の状況を明確に思い出してください」
 坂堂の前に座るのは三上だった。
 坂堂「あなたが小森さんの叫びを聞いた後、宴会場に駆け付けた時。宴会場を訪れた人たちの順番を教えてください」
 家元同様三上の頭に?が浮かぶ。

「えぇと、順番、、、小森さんが叫んで、、、しばらくは部屋にいて、、、みんながドタバタして、、、気になって部屋を出て、、、鼓太郎と出くわして、、、あ!」思い出しながら話していた三上。やっと思い出したようだ。

「小森さんが腰抜かしてて、白田さんと加城さんが部長の真横にいて、部長に声をかけてました。部長!部長!って。牧野さんは唖然としてて。家元もいました!俺と鼓太郎が宴会場に到着してあやふやしてたら。そのあとに島と四條、ちょっとして津山さんと女将さんが来ました」
 この件は家元や白田達にも聴取済みであり、まったく同じ答えが返ってきた。
小森→白田達→三上・村本→島・四條→津山・女将の順である。

謎を紐解く三つの鍵、二つ目は、宴会場に来た順番である。

 坂堂は同じ質問をほかの関係者にもする。特に変わった事をいう者はいなかった。
 坂堂が取り調べしている間、新望は取調室前休憩所にいた。
 事件書類をじっと眺める。宴会場に来た順番はもはや予想がつく。だから隣室で聞く必要もない。
 それよりも大事なのは、、、



15時4分
 取り調べを終えた坂堂が少し疲れ気味に休憩所へ来る。
「なにをしてる。話は聞いてなかったのか?」自分が一生懸命取り調べしてたのが馬鹿らしく思えた。
 新望は寝ていたのだ。書類を顔にかぶせ、ソファに横になって。

 坂堂が書類を取り上げる。
「ちょっと!」邪魔された新望が声を上げる。
「なにかわかったか?」優しい口調で坂堂が話しかける。
「宴会場に来た順番は大体予想ができる。だから凶器を探してたの」
 新望の言葉に坂堂は驚く。
「でもわかんなくて寝ちゃった(笑)」
 坂堂が呆れる。
「だって凶器を特定したところで多分意味ないもん!」頬を膨らませながら新望が言う。

「どういうことだ?」坂堂が聞く。
「事件資料には下生荘の至る所が写真で写されてる。鑑識も大変だよね。全員の部屋のゴミ箱から、お風呂、トイレまで写真撮んなきゃいけないんだから」
「それが仕事だからな」坂堂が口を挟む。
「これだけ細かいところが写ってて凶器らしきものは一切写ってない。いや逆。存在が当たり前すぎて無視しちゃってる」
 優秀な坂堂の頭に?が浮かぶ。新望はなかなかの天才だ。
 坂堂の前に並べられたのは一枚の写真。だれの部屋なのか、だれのものなのかわからない。畳まれた浴衣と帯。

「帯!」坂堂が珍しく声を上げる。
 そうあの場で誰でも使用可能なもの。旅館に浴衣の帯、存在が当たり前すぎて隠す必要がない。
 浴衣と帯は訪れた段階で一部屋に一つ用意してあった。
 当時警察が下生荘に到着した時、浴衣をしていたのは、高橋・津山・小森・白田・加城・三上・島の七名である。

「もう島確定じゃないのか?」そう聞く坂堂に新望が答える。
「それはもう一人の嘘つき次第だね」
「あぁそうだな。はっきりさせるか」そう言いながら取調室に向かおうとした坂堂だが、思い出したかのように新望に問う。

「ところでお前、なぜ村本は言及しない?」三上の疑いが晴れたが、村本は一向にアリバイがないままだ。
「あぁ。村本さんなら最初から省いてたよ。だってもし村本さんが高橋さんを殺す気なら、一回自分の部屋なんか戻らないよ。高橋さんと二人きりになれるかどうかが大切なんだよ。常に高橋さんの行動を見てたいはず。高橋さんが風呂に行くって言うなら付いていくし、部屋に戻るって言うなら二人で吞みましょなんて言って付いていかないと。常に高橋さんが二人になるタイミングを狙わないと殺せない。自分の部屋に引きこもってるなんていくら馬鹿でもしないよ」 新望が二息ほどでペラペラと語る。

 坂堂が納得した顔をした直後に新望が続ける。
「なーんてのは後付けの理由(笑)」
「は?」坂堂が聞き返す。
「ほんとの理由はね、私も『アイ×アイ』するんだけどね、今やってる水着イベントってのはオンライン対戦でミッションを進めていくの。村本さんは一回目の聴取でミッションをしてたって言ってた」オタク口調で語りだす新望に坂堂が口を挟む暇はない。

「『アイ×アイ』のオンライン対戦は履歴が残るの。それにゲーム会社に聞けば照合してくれると思うし。つまりそんなすぐバレる嘘をつかないってこと。もっとテレビを見てたとか寝てたとか調べようがない嘘をつくでしょ?」
「確かに」坂堂は納得してしまった。

「それに、オタクは自分が愛してる作品をアリバイの道具になんかしない
 真面目な顔でつぶやく新望を背に、坂堂は取調室に向かう。
もう一人の嘘つきと話すために。



15時18分 取調室
 新望も取調室の隣室、マジックミラー越しにその男を待っていた。
『ギィィィィ』取調室の重い扉が声を上げながら開く。
「どうも、、、」
 暗く今にも消え入りそうな声でその男は入ってきた。


 小森隆。第一発見者である。
「私たち警察は、どうもあなたを容疑者から外せないんです」静寂を切り裂くように坂堂が話す。
「あなた自身もなぜだかわかりますよね?」坂堂の問いに返事はない。

『カチッカチッカチッ』坂堂が持っているボールペンを三回ノックした。
「あの旅館はかなり小さいです。部屋もあなた達の人数と同じちょうど十一部屋。かなり小さい旅館です」
「津山さんと女将の証言を繰り返します」何も言わない小森に坂堂が淡々と事を進める。

「津山さんはあなたが上に行ってから三分ほどしてから叫び声を聞いたと。女将もあなたが二階にあがって少ししてから叫び声が聞こえたと。おかしいですね。私も実際に行きましたが、一階から宴会場までは30秒もかかりません」
 小森の背筋が少しだけ伸びるのを感じる。緊張している。
空白の三分が存在します」坂堂の言葉が場を凍てつかせる。

そう。謎を紐解く3つの鍵、最後は、時間のラグである。
 30秒で行ける宴会場に向かった小森がなぜ高橋を発見するまでに三分もかかったのか。
「まさか三分で人を殺したと?」枯れ気味の小さな声で小森がようやく口を開く。


小森と坂堂が話を進めるほぼ同時刻。
「失礼するぞ」
 新望がいる部屋へと一人の男が入ってくる。
「何しに来たの?」新望が怒りとも取れるほどに低い声を発した。
 新望豪しんもうごう。現警視総監であり、ナカネの父である。

「どうだ、捜査は」
「別に」
「警察は今回の事件をお前にすべて任せてる。ヘマはするなよ」
 ナカネは言葉を返さない。
「探偵になりたいんだろ?なってどうする?」
「あんたには関係ない」強い口調のナカネ。

「10年前の事件でも調べるつもりか?お前の母親の事件を」
「だまってて!」ナカネが豪を睨みつける。その眼には少しの殺意が混じっている。
「こんな事件も解けないようじゃ、無理だぞ」ナカネに背を向け、部屋を出ようとする豪。
「フッフッフ」さっきまでの怒りはどこへやら。豪の発言をせせら笑うナカネ。

「何がおかしい?」
「私はもうこの事件を解いてる。今はその答え合わせ。丸付けに過ぎない」


15時20分 取調室
 坂堂がすごい勢いで小森の話を調書に書き連ねる。
「女将に頼まれて、二階に上がったんです。宴会場の方へ向かいました。白田達の声が廊下に響いてたけど気にせずに。そしたらちょうど四條の部屋の辺りで、声が聞こえて。最初は家元の会議の声かなと思ったんです。でも違うくて、確実に四條の部屋からで。白田達の声が邪魔で内容までは聞こえませんでした。ただすぐにその声が変わっていって。」
「変わっていく?」坂堂のボールペンが止まる。

「その、、、なんというか、、、そういう声というか」小森が言葉を濁す。
「調書にも載るんです。はっきり言ってください」坂堂が嗜める。
「セックスを始めたんです。四條が、島と。まぁ別にわかってたことでした。あいつらは部署内で唯一の同期同士で仲もいい。私は鼻が利くんですが、島と四條が同じ匂いの日も結構ありましたし。ただ、実際そういう場面に出くわすと、好奇心を抑えられないというか。見てはないですよ!ただ音を聞いてただけなんですけど。でもこんなとこ見られたらやばいって思って、すぐ宴会場に向かって、それで、、、」
「わかりました。十分です」全身が強張っていた小森の肩がストンッと落ちた。

 張りつめていた空気が一気に流れ始めたところで、休む間もなく坂堂は脳を回転させる。

 (二つ目の鍵、宴会場に来た順番に重ね合わせても、この話はしっくり来る。三つ目の鍵、時間のラグは何も小森に限った話ではない。島と四條にも言える。)そう頭の中でつぶやいた。


15時28分 
 どこか緊張気味に島亮介が椅子に座る。
「どこから話しましょうか。えぇと、なぜ嘘をついたのですか?一回目の取り調べです。あなたは20時15分には宴会場を出て自分の部屋に行ったと。四條さんと。ただ、これは嘘です。説明してる暇はないので省きますがそのうちバレますよ」
 坂堂に言葉を被せるように島が「すみません。嘘です。那奈の部屋に居ました」
「なぜ嘘を?」
「恥ずかしかったんです。ヤッてたなんて言えなくて。すみません」

 その後四條も同様の証言をした。
 これは事実であろう。島と四條はセックスをしていた。となると二つ目の鍵、宴会場に来た順番も納得がいく。
 新望が説明してくれなかったから坂堂はずっとモヤモヤしていた。なぜ宴会場に来た順番なんかが大切なのか。

 一回目の取り調べでの家元の証言「かなり会議に集中してたんです。ーーーーみんながバタバタと宴会場の方へ向かっていくので」村本の証言「みんながバタバタ廊下を走るのが振動で分かって」
 当時かなり集中していたであろう家元や村本ですら、その振動や音で何かが起きたと感じるほどの騒ぎ。であったにも関わらず、島と四條は、四條の部屋に居ながら、彼らより宴会場に駆け付けるのが遅かった。一番乗りでもおかしくはないのに。

 しかしながら、セックスをしていたとなると話は合点がいく。服を着るのもそう簡単じゃないだろう。


(いや待て。何かおかしい。おかしいだろ。)
その違和感に坂堂は気づけた。坂堂もまた優秀である。 


短針はちょうど4を、長針は12を指した。
 取り調べ開始から二時間。坂堂には長く感じられた。休憩所にいる新望に声をかける。
「終わったぞ」
「どっちの意味で?(笑)」くだらない。そんな冗談に付き合っていられるほど坂堂は元気じゃない。
「犯人が分かったってことだ」

「いやぁーうまいねぇー。ブラフ」新望が背伸びをしながら答える。
「ブラフ?」坂堂の頭に?が浮かぶ。今日で二回目だ。
「大輔にい。私ね、ハンバーガー嫌いなの!」
「嘘つけ、車でバクバク食ってたろ」
「ごめんごめん嘘(笑)でもステーキは嫌い。脂っこくて」
「そうか。で、何の話だ?」坂堂ももう疲れている。返事に覇気がない。無駄話は避けたいのだ。

「彼らは私が思うより何倍も怜悧れいりだった」新望が真面目に話だす。
「普通人を殺した後にそんなこと思いつく?」坂堂にく。
「何のことだ?」坂堂の頭の?はまだそこにいた。
「ブラフ、つまりあえてわかりやすい嘘を張ったんだよ。坂堂にいはさぁ、私がステーキ嫌いってこと信じた?」
「ん?あぁ、まぁ」坂堂の頭が追い付いていないのがわかる。

「あれも嘘。人間の心理トリックでさ、嘘を二つ用意するの。まず、あえて相手に一つ目の嘘を見破ってもらうの」
「ハンバーガーか」やっと追いついてきた。

「そう。そしてそれが嘘だってことをすんなり認めるの。そして、二つ目の嘘をつくの。これは本気で。バレないように」
「ステーキ。つまりハンバーガーがブラフ。俺にステーキが嫌いだと信じ込ませるための」坂堂の頭にもう?はない。追いついた坂堂が続けて言う。
セックスか」
「もう、そんな言葉使わないで!」新望が顔を赤らめる。

「まぁでも正解。彼らは、私たちに性行為していたというアリバイを信じ込ませる為に、わざと出来の悪い嘘をついたの。島亮介の部屋で呑んでたっていう嘘を。これは破ってもらうための嘘」新望がつぶやくような声で語りだす。

「犯人は島亮介と四条那奈。でもここからは完全に私の憶測」エアコンが効きすぎているのか、誰もいない休憩所は真夏とは思えないほど肌寒かった。

「20時35分、島さんと四条さんは何かしらのいざこざで高橋さんを殺害。おそらく計画はしてなかった。凶器は島さんの浴衣の帯。事態に気付いた二人は一旦四条さんの部屋へ。あいにく家元さんも村本さんも集中するものがあって気付かない。そこで話をした。ブラフを作ることやそのブラフの内容、そして自分たちのアリバイも。数分してそこへ一つの足音が近づいてくる」
「小森だな」坂堂が口を差し込む。

 新望は舌を止めない。「運が良いのか悪いのか、自分たちのアリバイを証明してくれる人が来た。だから少し大きめに喘ぎ始めた。これで完璧。小森さんが何をしに自分たちの部屋の前に来たのかはわからない。でも自分たちは、性行為をしてた。そう言えばいい。ただ、思いのほか早くその人は宴会場の方へ向かった。案の定、死体を見つけた。やばい、皆が駆け寄ってくる。足音が響く。『これで行かない方がおかしいよ』どちらかがそう言う。『待って。もう少し時間を空けて』もう片方が答える。性行為をしていたため宴会場に来るのが遅れた。アリバイに信ぴょう性が乗る。完璧。だと思っていた」
「あぁ、一つのおかしな点を除いてな」坂堂のターンだ。

「事件資料にもある通り、当時浴衣を着ていたのは、高橋・津山・小森・白田・加城・三上・島の七名。その他はスーツだった。あいつらがヤってたのは四條の部屋。そして叫び声が聞こえて、急いで着替えたんだ。浴衣とスーツに。島の浴衣の帯はしっかりと結ばれてた。帯を結ぶってのはなかなか難しいんだ。剣道や柔道を習ってた奴でない限り、すぐに結ぶなんてできない。そして四条、なぜまたスーツを着た。四條の部屋だ。浴衣がある。仮にも急いでいる風を装わなきゃいけない。全裸の状態からまたのうのうとスーツを着る余裕なんてないはずだ。着衣プレイしてたなら別だが。どっちにしろ。どちらも急いで部屋を出たという状況と、スーツとしっかり結ばれた帯はまらない。あいつらが『してるふり』をしてた証拠だな」

「やるぅ坂堂にい!」黙って聞いていた新望が親指を立てる。
「でももう一つあるよ」新望が親指を下ろしながら言う。
「なんだ?」

 坂堂に答えるように新望が語りだす。「時間のラグ。小森さんの発言だと、最初彼らは何か話してたんだよね。そこから行為がだんだん始まった。そして事件資料の写真。凶器を見つけようとしてるときにたまたま見つけたの」そう言ってあるページを坂堂に見せる。

「ゴミ箱?」そう、ゴミ箱の写真だ。写真の上には四条那奈の部屋と記されている。
「それとこれ」新望が、新たなページを坂堂に見せる。宴会場の写真だ。
「これがなんだ?」坂堂の頭に(以下省略)
「ゴミ箱の中には何がある?」新望がクイズを出す。
 じっと写真を眺めた坂堂が回答する。
「使用済みのコンドームか?」
「ピンポーン!そしてこれ。何がない?」そう言いながら宴会場の写真を見せる。
 散らかっている。THE宴会後。いや何かがない。
「練乳!」坂堂の声が休憩所にこだまする。

 牧野涼子の証言。四条が持参していた練乳。なぜ急いでいるときにそんな物を持っていく必要があったのか?
「すごい!坂堂にい!」七つも下の娘に褒められるのも悪くない。

「小森さんの話だと、彼らは最初何かを話していた。そして小森さんが盗み聞きを始めてから声が変わっていった。私、そういうの詳しくわからないけど、小森さんが盗み聞きし始めてから行為を始めたんだとした、このコンドームはおかしくない?」純粋無垢な瞳で坂堂を見つめる。

「早すぎるってか?」少し恥じらいながら坂堂が返す。
「うん。多分すごい早いよね。てかほぼ無理レベル。となるとこれは嘘の精液。つまり練乳」資料を見ながら新望がつらつらと言葉を並べる。
「ずっと気になってたんだよね。なんで練乳を持ち帰る必要があったのか。そう、このためだった。まさかゴミ箱の精液までは調べないと思ったんだね」
 新望の観察力に坂堂も息をのむ。

「彼らはやっぱり怜悧だよ。私たちが思ってるより何倍も。瞬時の判断でアリバイを何層にも厚くするんだよ。そんな彼らの敗因は、小森さんの存在にもっと早く気づかなかったこと。もっと早く気づいて『してるふり』をしてればまだもう少し、私たちを翻弄できたかも。あとはブラフ。ブラフを張るならもっと巧みに。ね!」


16時40分
 坂堂の車の中で新望は眠っている。
 助手席に乗る新望の顔を何度か目に映す。
 新望ナカネ。彼女には敵わない。
 明日は島と四条の聞き取りだ。
 今日はもう帰ろう。早く帰ろう。
 そう思いながらも、彼の車は赤信号で止まった。


後に島亮介と四条那奈は高橋殺害を認めた。
 高橋と宴会場に残った際、二人に体の関係があることを詰められたのだ。
 それだけではなく、高橋は『防犯』という名目で誰にも伝えず、オフィスにカメラを設置。
 残業と称し、皆が返ったオフィスで行為に耽っている二人を撮影。それをおとりに四条に体を請求。
 耐えきれなくなった島が浴衣の帯で殺害。
 その後のアリバイ工作については、四条の案だったという。

 小さく古びた宿での、儚く残酷は悲劇は、天才新望ナカネによって幕を閉じた。


静かな新望邸。
 教科書を猛烈な勢いでめくる音が鳴り渡る。
「もうーやばいよー」
 天才新望ナカネは大学の課題に追われている。
「入るぞ」坂堂が来る。
「忙しいとは思うが、一応な」
 前置きを付け、島と四条の殺害動機をつらつらと説明する。
 珍しく手を止め清聴していた新望が口を開く。
「二人で偽った夜かぁ。なんかロマンチックだね」
新望の笑顔が坂堂を照らす。
「殺人を美化するな」
 坂堂の冷たい一言が新望邸に響き渡る。

                EP1~完~


いいなと思ったら応援しよう!