寄せてはいけない、寄ってはいけない(後編)
Radiotalkというアプリを使い、「にどね」という名前で、2年半ほど音声配信をやってきた。
趣味の活動でも続けていると、TwitterのリプライやDMで誰かとやりとりをしたり、「コラボしましょう」と声をかけられることもたまにある。
コラボに声をかけられる時は、トークテーマを提示して頂くことが多いけれど
「トークテーマについて話したい」が先行している場合と
「にどねと話したい」が先行している場合がある。
後者の場合だと気が重くなる。
気が重くなりながらも、角が立つのが嫌なのでほぼ断らない。(断るのにも労力がいる。)
リプライやDMで、特に布教していなかったり入れ込んでいないものに対して、「自分もこれ好きです」「この作品観ました」「興味あります」と言われることもある。
それは、コラボの後者の場合と似ている。
そんなに無理して共通点を見つけなくてもいいのに、と思うし
もし、あなたが興味があるのがその作品ではなく「にどね」の方だとしたら、無理して作品に興味を持たなくて良いのに(他に仲良くなる方法はあるのに)と思う。
いずれにしても、やんわり塩対応をしたり、愛想笑いをすることしかいつも出来なくて
心の温度がみるみる下がっていくのを感じながら、私はその都度自分と相手のことを嫌いになる。
逆に「にどねさんこれ好きですよね」と言われることもある。
その中にはたまに、「その人の理想のにどねさん」に向けられたものもある。
「私」はそんなにそれは好みませんよ。
「私」はそんなに立派ではありませんよ。
「私」はそんなに可愛らしくはないですよ。
その人の中の理想に、「にどね」を寄せられてしまうと、中々に身動きが取りづらくなる。
寄られたり、寄せられたりすると、しんどい。
しんどくなってきちゃったな、こんなはずじゃなかったのにな、と思う。
仲良くなりたかっただけなのに、どこで間違っちゃったかな、と。
二十歳くらいの頃から、本当に仲良くなりたい人にはゆっくり近づくという方針をとっている。
けれど、私もこういう事をやってしまっているんだろうなと思う。
相手を勝手に寄せてはいけないし、自分の欲を前面にした状態で、寄っていってはいけないのだ。
「無理」が生じるから。
無理が生じるから、きっとしんどくなるのだろう。
ところで、この人は距離の取り方が上手いなーと思った男の子がいたのだけれど
もうすぐ1000文字になるので、それはまた別の機会に書こうと思う。