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掃き溜め vol.1


先日、久々に片方の親に会ったのだが、
すっかり覇気が無くなっていた。


自分にはもう何の楽しみもないと。
ひとりになった親を最期まで見届けるのが自分の務めで、それが終わったらあとは何の役割もないのだ、と。
目が死んでいた。

面と向かって話していると、
いろんな感情や昔のことが駆け巡る。
その中にあまり良い気持ちになれるものはない。
これまでの経緯もあり、何か言われても優しい言葉も冷たい言葉もかけるつもりはなかった。


同情はしたくない。
でも、きっとしんどいんだろう。
生きる気力がなくてどうしようもなくて、
何のために今自分が生きてるかわからなくなって。

ふと、「親子」ではなく「大人2人」として
言いたくなることがある。

もうその自分の世界だけで生きるのやめてよ。
不幸だと思うなら自分で考えて動いてよ。
自分の子がいる前で役割はもうないとか言わないでよ。
まだ死ぬのが怖いと思えるなら諦めないで力強く生きてよ。

でもまあ、言わない。
自分の半分も生きてない私になんて言われたくないだろうし、実際半分も生きてなきゃ苦労も半分以下、今の私の気持ちを押し付けることはしない。そして何より、孤独になるのを拒まなかったのはあなた自身なわけだから。

孤独が人を◯すとは聞いていたが、
たぶん孤独の蝕み方は相当なものだと思う。

健康診断に行っているか聞いたら、
何か見つかったら嫌だから行きたくないと言われた。正直呆れる。アドバイスされても行かないならあとは自分の責任と思いながら、

まだまだやることいっぱいあるんだから、とにかく一回行ったら。今来てよかったねって医者に言われることもあるんだから。半分諦めてるのか知らないけど、諦めんの早すぎっから!

と、謎にスポ根漫画の盛り上がりシーンみたいな言葉を発してしまった。


病気になったらなったでしょ
と思うのかもしれないが、それは病気になってないから。
生きたいのに生きられないってどれだけ辛いか。だから最後のために今、最善を尽くすべき。


破綻した関係の先に何があるか。
私自身が自分を見失わないためにも、
このまま中途半端でいいような気もしている。


p.s.
掃き溜めというタイトルにするのは流石にどうかと思ったが、
こういう類の負の感情は心に悪いので、「掃き溜め」に排出しておこうと思う。

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