冷えた橋下

無計画に仕事を辞め家も決めずに飛び出し野宿した日雇い労働者に成り果てた成人男性の記録と愚痴(in Under The Bridge…)




コールウォチュゥオー、エェー、エー、エー
コォールゥッチュオオォー エ、エ、エ


この曲。最後に聴いたのがいつだったか、思い出せんかった。

さみぃッ。
ふああ。吐いた息すべてが白くなる。しゅわっ、とその都度消える。ふーっ、ふーっ、すうげえ、すっげ。冬の夜の外ってこんなに寒いんかあ。持っていたリュックサックをぶん投げて尻に敷く。なけなしの上着に身を包み内側から背中辺りを両手それぞれで掴む。んな事したって僕の指先は死人のまんまで、触れてる背中まで冷たい。はあーーっ。どうしてこうなっとんじゃろなぁ。こんなつもりじゃねかった。そんでも、この機会を何時からか望んでたみてえで、こんなに冷えきって、身体の末端全部が固まり始めとっても、平気なのだった。一周回ってきて、最早僕はハイなのだ。おほぉっ、おもしれえ。全てを失くした絶望とこの先の希望も見失って、僕はひたすらけらけらしていた。
大阪、淀川。夜の橋下。人気もなく目の前の川の悪臭と痛む程の寒さばかりしよった。

暗いし、携帯もとっくに通信制限迎えとるし、煙草も残り二本(明日の朝の分じゃけんとっておかなきゃならんやつ。)で僕はとにかくやる事が無かった。

日雇い労働、僕はきったねえオッサン共と並んでサービス残業含め一日働いて、野宿。働きに行けど倉庫は外気にさらされ空調も無しの極寒、手はずうっと死んだように冷たく固くなる。霜焼けは当り前で手が思うように動かせずに滑らせて物を落とす。蹴られる。いつもんの事。カッターで自分の身体を切る。出血しても商品に付かないのなら処置は無い。
はあ。いい加減あったけえところに行きたい。お風呂に入りてえ。今日で二日。夏じゃあないだけマシでも、頭皮の臭いが気になってきとる。あの行列と同じ臭いに成り果てたくねえ。ああ、いつんなったら僕は人並みの生活に戻れるのだ?
僕は社会の底辺にいた。


「生まれてくる環境は選べない」
普遍的に誰かが訴えてる言葉が降りよる。そうじゃあなあ。もし、僕がどっかの御曹司だったら。ちがう。どっかの、ふつーーの家庭で、ふつーーーう、の家族だったら。そうゆうことが掠めてくる。僕はそのことを引き摺っている。

僕は両親の事を嫌いでいようがこの世に産み落とされたことを恨んだことは無い。産まれてきたことに後悔は無い。
僕のいまがある事に感謝だってしてる。

こんな生活がいやだ。とおもった事、は 無い。そんなん、自分が不満なら、変えればいい。いやなことからは離れればいい。いやなことでも、それが自分でした選択ならば、やるしかねえ。じゃろ ? 僕は次に突き進むためにこうなっておるのだ。よおし。うん、思い出したぞ。冷たい僕の手。口んなかに入れときゃ温かい。


お尻がつめたくなってきた。明日も働かなきゃあならない。そんでも、ここで寝たら凍死してしまう。瞼に力を込めて目の前を睨んでみる。此処は暗い。街灯が皓々と降り注ぐ外に憤りを抑えられない。なんとなあく吠えたくなる。満月に吠える狼みてえに、僕は街灯に吠えるのか。あいつらは月を恨んでいたのだろうか。
ふうーっ。手が乾燥でひりひりしてきた。昨日の比じゃあねえくらいしんどいな。絶望として眼前にくる。こんなときこそ、彼女でも居てくれたんならなあ。一緒に乗り越えられんのに。まあ、こんなとこに連れてきて過ごして別れを告げられない男はいねえとおもうけど。あたたかく白い部屋が懐かしく、いとおしい。暗闇で葉の影が蠢く。こころの奥底で恐怖を感じ始めとる。この夜が終わらないとおもう。? 思っておるのか、僕は。


こんなクソみたいな学歴じゃあどこも歓迎しないに決まっとる。実際そうじゃし。高校中退、中卒。運動馬鹿はもう用済みってわけ。有り余る体力がすべてだった。それを持て余して、こんなゴミ溜めに漂着。自分に吐き気がした。

なんとか生き抜こうや!
きんもちわりい。反吐が出る。綺麗事で生きてりゃこうはならんじゃろ。満たされない、みたされない、焦燥ばかりが空回って、僕の頭ん中の歯車が火花散らしてぎゃりぎゃり音をたててる。上を向いて大きくはあっ、と吐き出す。こういうところは結構窮屈じゃねえな、と思うも ぴち、と水滴、ひぎャアッッ!などと僕は一人 へんな悲鳴。周りに人が居たら困るので左右を交互に睨みつけ、さっきの音量と声色になるように気を張り ぎっぎ、ギャーァ、などとやり過ごす。

さみい。いま、何時 ?


ピリリリリリ、ピリリリリリリリリリ
づめでえッ!!!
僕が飛び起きた拍子に携帯電話が吹き飛ぶ、あッ、ぶねえ、傷は増したが川に落としてねえからセーフ、カチ、うん、あと10%で電源が切れます充電して下さい、つうことは電源まだ生きとる、うわあこんな毎日うんざりじゃあ、あ、そうそう時間時間、いまは、?、七時三分、うし、今日も行くかあ。


さむう。ふう、ふう。
僕と同じ方向を歩く人。邪魔、邪魔ぁ、じゃまあッ。ああ、もゔ。はーーっ、早う僕はあったけえところに行きてえだけなんにっ。何でこうも、人、人間、人間、道が狭え、車道はぎゅんぎゅん車が通り過ぎとってご丁寧にも柵があるし、既に通勤ラッシュってやつは開始されとるのだ。点滅する信号にいい大人、が走って半分信号無視をしよる。だっせえなあ。車に轢かれてでも会社に行きたいんかな? うわ、これはこれは急ぎそうなものなんにとろとろ遅い足取りの雑魚共。靴の踵踏んだろうかな。…あ。あったあ、痛いほど白いぴかぴか、僕らのセブンイレブンっ。

ぷわあっ。あったけえーっ。ちょっと歩いてきたけえ大丈夫な気しとったけどこーれは身にしみるう。まじで、寒いとこじゃあ人間生きていけんからな。ほんまに。せめて仕事場がもう、すこしでも、あったかければよかったんにな。まあそんなことはどうでもよくて、とりあえずは、便所借りやーす。
公衆便所よりはまだマシな箱から出て、ちいちゃい手洗いで手を洗って適当に顔洗って、中に着とる服で拭いて、コートのチャックを閉める。最後に髪の毛、髪型を確認。目は腫れてない。僕はイケメン、問題なし。
僕は棚から賞味期限が三日後のしわくちゃなビニールに入った人工物って感じのパンとあったか〜い缶コーヒーを買う。

店員、まだ入りたてっぽかったな。見てるこっちが恥ずかしくなる、つうか後ろのおっさんの貧乏ゆすりで足元が揺れてるみてえなともかく違和感と不快感があってムカついてしかたねかった。

外に出る。うぎ。さっみい。冬って何なん? 僕を殺しにかかってきよるが。はよう家探さんといけんな。まあ、日雇いで金稼いでからじゃねえと何も話進まねえからそうしとる、こうなっとんじゃけど。建物の隙間からみえる黒く、低い、汚染された煙のように立ちこめる雲。
きょうも最悪だ。

寒さに震えが止まらず、僕はずうっと歯をがちがちさせとる。点呼をとる時の呼びかけにも毎回へんな声が出よるけん、こんなに若くっても、顔を歪められよる。その度にそいつを殴りたくなる。底辺におるのはおめえも同類だからな。

おっさん共が敷き詰められたバスに乗る。この糞バス、人数に対して随分ちっせえ気がしとるんじゃけど。悪臭が染みに染みて、座席は当然、なんならゴム製や鉄製の手すりとかから臭ってるみてえにどこに頭を出しても くせえ。最悪。ちゃう、悪臭、より最悪、で根源なのはこっち。今にも嘔吐しそうになる臭いと脂と汗を滾らせる肉、肉、肉、肉…。おぅ゙え゙っ。さいぃあくだ。ゲロじゃがあ。車酔いなんてせんのに車で吐きそう。おっさん酔い。満員電車の比なんかじゃねえ。僕は大量のホームレスに押し潰されとるんじゃよぉっ。ゲロ。腐りかけたドロドロの肌に服越しに接触する度僕の身体がびくりと跳ね、それに気付いたその肉塊は黄ばんで残り数本しかない汚れた歯を見せ細菌を此処で飼ってますよ、いかがですか、とでも言うみてえに僕に見せつけてきよる。
真冬の癖に朝っぱらから汗汁垂らしてんじゃあねえよ。クソッ、こいつら早く死んじまえ。臭えし生きてるだけで迷惑だって、わからんのか? 僕の方が余っっっ程、社会的に貢献出来るんやぞぉ、元営業業績トップ舐めんなや。はああ。早く僕を救ってくれ、こんなとこから拾い上げてくれええ゙。


バスから解放、という所で派手に噦く。誰も僕に構わない。そのほうがいい。僕、がそのほうが好都合だと思う。工場地帯、淀んだ空気なんだろうが僕にとっては外気で大気じゃし、冷たく貫くみてえな空気が僕を消毒してくれる感じがする。すうう、はああ。壁際で深呼吸をして、最後の煙草を吸い 悪臭のする腐敗しかけの肉と同じ方向に歩を進める。

低く閉められたシャッターを 地に手をつけて潜り、倉庫内に入る。社員のひとはいつも通り窓の向こう側におって、ドアを下品にノックするジジイに顔を顰めとる。僕は五列くらいに並べ立てられた腐敗しかけの肉の最後尾に並ぶ。こんな場所にいるのは一秒でも削りたい。この整列が終われば僕はこいつらからは解放されるのだ。
唯一の若手じゃけん、あったり前よお。
僕はまだ、必要とされとる。

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