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MK
「ふざけるな!」「お前こそ!」今は使われていない廃工場の一室、ガスランタンのオレンジの光に照らされ、二つの影が蠢いている。その足元には目隠しされて猿ぐつわを噛まされた小学生くらいの少年が寝かされていた。
「俺を誰だと思っているんだ? 俺はあの『ミケ』だぜ!」
「何言っているんだこの偽者は? 『ミケ』は僕だ」
一方はナイフを、一方はロープを手に互いに距離をとって言い争っている。
「お前が『ミケ』だって? それなら手に持ってるのは何だ? そんなものでこのガキを殺そうっていうのかよ。『ミケ』は首切り魔なんだぜ」
「あんたこそ笑わせないでくれ。ナイフなんかで咽を切って殺すなんて無粋だよ。本物の『ミケ』は暴れないように絞め殺してから首に跡を残すのさ。狩った証としてね」
影と影の距離が少しだけ縮まった。
「お前は子供を殺してオナりたいだけだろうが、この変態野郎!」
「鏡に向かって言ってるのか? さっきこの子を見下ろしていた時はえらく興奮している様子だったじゃないか……変態野朗」
一方が言葉に詰まり、もう一方は畳み掛けた。
「『ミケ』はね、性的興奮なんかで子供を殺しているんじゃないのさ。その証拠に喉以外にはほとんど傷を付けない。子供を醜悪な大人へと堕落させない為に『ミケ』は殺すんだ。keep(とどめる)murder(殺人者)略して『MK(ミケ)』なんだよ、そんな事も知らないのかい?」
一方の怒りはもう臨界点であった。
「勝手に名を騙るなよ。『ミケ』は芸術家だ。子供に抵抗もさせず、綺麗なまま逝かせてやるんだ。こんな風に縛ったりはしない。あんたにそんなことが出来るのか? 変態野郎」
ぷつりと糸が切れた。一方の影がナイフをぎらつかせて飛び掛る。もう一方はその雑な動きを難なくかわし、横から蹴り飛ばした。前のめりに倒れこむ影に二つ目の影が重なる。
「バイバイ、コピーキャット」
苦しげな呻きがあたりに響く。だが次の瞬間、重なっていた影は再び二つに分かれた。
「そ、そんな……」胸にナイフの突き刺さった影がゆっくりよろめいて倒れていく。生き残った影の荒い息遣いだけが部屋の中に響き渡る。
「クソッ……も、もう少しでし、死ぬところだったじゃねぇか、カハッ」
「早いか遅いかの違いだけどね」
反射的に振り返ろうとしたがもう遅かった。ランタンの光に照らされた新たな影がナイフを振るうと、生き残った影の喉から盛大に鮮血がほとばしった。
一時間後、足元に転がる二つの死体を眺めながら誰にともなく少年はつぶやいた。
「しかしこのおじさん達、自分が『ミケ』とかよく言うよ。掲示板の書き込みを見てボクを見つけただけのくせにさ」
スマホを開き、SNSの画面を開いてつぶやく。「今日も元気に二人殺りました」。送信してから少年は死体を軽く蹴ってみた。
「大人ってなんであんなにごちゃごちゃ考えるんだろ。コイズミ・マコトだから『MK』だし、ボクは子供なんだから大人を殺すのは大変なだけだったのに……まあ、やってみたら大変じゃなかったけど」
少年は薄ら笑いを浮かべながら埋めた穴を踏みつけた。何度も何度も。
「でも、こんなに簡単なら次も大人を狙おうかな。こっちの方がゾクゾクするし……」
「『ミケ』……」
「えっ?」振り返った瞬間に少年は熱が喉元から溢れてくるのが分かった。
「Murder(殺人者)Killer(を殺す)……『ミケ』は俺だ」
意識が薄れていく。少年は暗闇に相手を見つけようとしたが、姿は闇に溶けて消えた。