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物理的な支援と精神的な支援は切り離した方がいいかも。〜気遣いさせない気遣い〜

第二子の出産から約1ヶ月が経ちました。
今回は、行政やボランティアのサポートを受けて産後過ごしたいと思い準備をしていました。

出産前に整えたサポート体制については過去の記事にまとめています。

サポート体制を整えるにあたって、ハードルの高さを感じた。ということで前回記事は締めくくっているのですが、少し時間が経ち見えてきた自分の気持ちについてまとめてみました。

各サポートを受ける際に感じた違和感

わたしは、物理的なサポートを受けたくて各機関へ足を運び(運んでもらい)登録を行ったのですが、その際にとても私のことを心配してくれるのです。
”お母さん大丈夫よ、困ったことがあったらいつでも連絡してね“
とても優しいんです。
ところが、困ったことに私そんなに困ってない、、、。
困ってはいるけど、メンタル面はむしろ出産を目前にイキイキとしている状態でした。
だから心配される感じになんだか違和感を感じました。

有料の家事代行サービス

グリーンコープの家事代行サービスは、1時間1600円で炊事・洗濯・掃除・買い物など、家事全般をこなしてくれる物理的支援のサービスと言えると思います。
こちらは登録時から、かなり手際良く淡々とこちらの要望を聞き出してくれました。

“出産後連続しての利用を希望ですね、簡単なお料理とお茶碗洗い、洗濯干し。お掃除は日によって分けましょう、1時間じゃ足りないかもしれないので次の予約がなければ延長で行いましょう“
こんな感じの語りでした。

私が求めていたのはコレでした。

実際は使えなかったこれらのサービス

産褥機を安静に過ごすために整えたサービスだったのですが、夫や夫の実家の多大なる協力があり、これらのサービスは一度も使うことなく1ヶ月過ごすことができました。
ただ、やっぱり家事代行サービスを使いたかったな〜。という思いもあります。
夫の実家は、私たちからサービス料金など受け取らずに家族としていつも無償で支えてくれています。

とても言いづらいのですが、だからこその弊害もありました。私自身の要望がとても伝えにくいのです。

産褥機は消化の良い白身魚やお味噌汁を食べて過ごしたい。と言う思いを結局伝えることができませんでした。毎日ご馳走を何品も準備して持ってきてくれました。
わたしはわたしで、その美味しそうなご馳走を目の前に、食べない。という選択はできずたくさん食べました。(意思弱い笑)

お仕事をしながら忙しい中で善意で提供してくださるお料理に、文句を言いたいのではありません!!義実家には感謝しかありません!!

でも、ちょっとこだわり強めな私にとっては、お金をお支払いして、自分の思った通りにしてもらった方がストレスなく過ごせたのかもしれない。という思いは残ります。

気づきのまとめ

今回の出産後1ヶ月間、サポートを受ける。立場になって分かったことは
物理的支援と精神的支援は分けた方が良いのかも。という気づきと、
思いやりや無償のサービスは一方的であることを理解すること。です。

私自身、人の役に立ちたい気持ちを強くもっているタイプの人間だと思います。
でも、この人の役に立ちたい。という矢印は、私から一方的に出ている矢印であることは自覚しないといけないのかな。と考えます。

役に立ってよかった。
と私が感じたのならば、そこには役に立たせてくれた人がいて、その人はきっと私に「ありがとう」と言ってくれるのでしょう。でもそのありがとうを真に受けてはいけない。
私が感じている充実感よりも相手の手応えは少な目なんだと思う。
むしろ、役に立ったと感じさせてくれてありがとう。と言えるかもしれない。

また、役に立ちたい。という思いを抱いている人は私以外にも多くいるのではないか。
それならば、困ったときに助けてもらうことは、役に立ちたい人の気持ちを逆に救うことになるのではないか。
それなら遠慮なく迷惑かけてみるのも大いにありだと言えます。

インドには、
“人に迷惑をかけてもいい、その代わり迷惑をかけられたら助けなさい。“
という教えがあるそうです。


このように考えると、時々ある、
相手から一方的な支援を受けて困ってしまうこと。に対しても、
「迷惑なんですけど!!」なんてことは言わずに、「ありがとう、ありがとう」とただただ受け取ることも人助けなのでは。そう思えば心が少しほっこりしちゃうかもしれない。

(一人暮らしをしていた頃、お隣の部屋に住むおばあさんが終活で断捨離したものを次々と私にくれて、本当にいらなかったけど、とりあえず受け取り続けたエピソード、あれはあれで正解だったと思えます。)

思いやりって、奥が深いんだろうなぁ。

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