「夜のお客様①。お客様は神様。」/ショートストーリー
「有紀。また、昼間に店でトラブルがあったらしいな。」
「じいちゃん。まったく、よそもんは困るよね。マナー違反はするわ。店の外で喧嘩するわでさ。」
「でも、すぐに木村さんが来たくれただろう。」
木村さんは、この田舎の町の唯一の治安と秩序を守る行政機関つまり、交番のお巡りさんだ。田舎すぎて、事件などとは無縁の町なのだがいてくれたほうが良いに決まっている。そういえば、もうすぐ定年だと話してくれた。後任とか決まっているのだろうか。もしかしたら交番そのものがなくなるのかもしれない。町と言っても人がどんどん都会にいってしまう。まあ、私も今大学が休みで帰省している間、小遣い稼ぎに自分の親が経営しているコンビニでバイトしているだけだもん。卒業してもこちらには戻らずに就職すると決めている。
このコンビニだって、いつまでやっていけるのかと考えてしまう。オープン当時は、物珍しさで盛況だったのだが、私が手伝っている昼間でさえ、お客さんが少なすぎて暇を持て余してしまう。今住んでいる〇〇市のコンビニなんて、密を心配するぐらいなのに。それでもこんな状況で24時間開いているのだから経営は大丈夫なのかと心配になる。実家の経済力は、どうしたって私にも影響がでる。今のところは、深刻な話しはでてないけど。
「今日は、レジ袋のことで言い方が悪いって難癖つけられて。レジ袋どうされますかって聞いただけなのに、みりゃわかるだろう。必要に決まっているって怒鳴られて。ずっと怒鳴っているから、店内にいた町のひとが見かねて木村さんに連絡してくれたらしいの。」
「そりゃ難儀だったな。ここいらのひとは、みんな顔見知りでそんな変なこと言う人はいないのにな。」
「私が若い女だと思ってなめているのよ。木村さんの姿を見たら、とっとと車に乗り込んで逃げちゃったわよ。」
「まあまあ。有紀が怒るのもわかるけれどな。暴れたりとかして、ほかのお客さんに迷惑がかからなきゃいいよ。」
「じいちゃん。夜はそんな変なひとはこない?」
「ああ。来ないよ。昼間よりお客さん少ないし。」
「だからさ。夜開けている意味はあるのかって考えちゃうの。じいちゃんも年なんだから、ひとりで店を開けてて、私心配なの。」
「有紀はやさしいな。じいちゃんの心配してくれるのか。じいちゃんは大丈夫。」
「お父さんと話したほうが良いと思う。言いづらかったら、私から話してあげるけど。」
「有紀。夜の間、ここだけでも明るかったら町のひとも安心する。それに夜のお客さんも大事だ。それに常連さんで、来るたびにたくさん買ってくれるお客さんがいるんだよ。」
じいちゃんはずっとニコニコしている。雰囲気が仏様のようだと孫の私でも思わずにいられない。
「そのお客さんは買ってくれるだけでなくて、じいちゃんにって、飲み物をくれるんだよ。それがうれしくてな。栄養ドリンクなのか、そのおかげでなんだかいつも身体が軽いし、最近は腰も膝も痛くない。最初は、言葉も通じない。日本のお金も持ってなくて、父さんには内緒だけどな。ひとつだけ、ただで商品を差し上げたんだ。」
「じいちゃん。お人良しすぎ。そんな外国のひとが、悪いひとだったら飲み物に毒でもいれたりするかもしれないのよ。じいちゃん、死んじゃったらどうするのよ。やめてほしいわ。」
「でも、おかげでその次からはちゃんとカード決済してくれるし、たくさん買ってくれるんだから。ありがたい。」と手を合わせる。
じいちゃんの境地は、仏さまでなくてすでに神なのかと思う。
「じいちゃん。じいちゃんみたいなひとのことを神様、仏様っていうのね。」
「いやいや。有紀。神様はお客さんのほうだ。お客様は神様だと、じいちゃんが好きだった三波春夫さんも言ってらした。」
私はいまひとつ納得がいかないが仕方ない。その夜のお客さんはトラブルも起こさない上に、常連らしい。外国のひとだからって差別するのもどうかと自分でも思う。
「今日あたり、そのお客さんが来るんじゃないかな。有紀も逢えば安心するよ、きっと。」
ちょうど、その時すっーと店のドアが開いた。銀色の光にまぶしく包まれて、頭から触覚のようなものが生えている生物らしきものは、あっという間にたくさんの商品をレジに積み上げた。そして、金色のカードらしきものでピッと決済している。レジの機械の表示金額が半端なかったが決済はできていた。
「いつもありがとうございます。私の孫の有紀です。」
その生物は、頭から生えている触覚で私の頭に触れた。そして、ふたつのドリンク缶を身体から取り出すと店からでて行った。レジに積み上げた商品はいつの間にか消えていた。
「なあ。有紀。やはり、お客様は神様だろう。」
私は身体が固まっている。固まったまま、つぶやいた。
「じいちゃん。お客様は神様じゃなくて、宇宙人だと思う。」